大正初恋浪漫譚ー突然、陸軍少尉の婚約者になりましたが、どうやら彼は私に恋をしていたようですー


「本当に、ありがとうございます。お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」

「どうかお気になさらず。自分も、もう少し早く気づけばよかった」

「まあ、そんな……!」


ばあやが困ったように笑う。

千紘も、ごくかすかに目元を和らげた。

その表情を見た瞬間、小春は、なぜだか動けなくなってしまった。


――こんなお顔もなさるのね。


先日、客間でお会いしたときには、こんな一面があるとは思わなかった。

軍服をまとった姿は凛々しく、どこか近寄りがたい印象だった。

言葉遣いも、立ち居振る舞いも、何もかもが整っていたから。

そんな印象を抱いていた。

 
けれど、今、目の前にいる彼は違っていた。

ばあやが恐縮しないよう、さりげなく言葉を選んでいる。

自分が助けたことを、ことさらに誇る様子もない。

ただ、困っている人に手を貸した。

それだけのこととして、何事もなかったかのように振る舞っている。

少なくとも、私の想像していた名家の御曹司とは、少し違っていた。


小春は、胸の奥がほんの少しだけ熱くなるのを感じた。

ばあやは、幼い頃からずっと、早くに母を亡くした小春のそばにいてくれた人だった。

転んで泣いたときも、熱を出して眠れなかった夜も、いつも優しく寄り添ってくれた。

小春にとっては、家族と同じくらい大切な人だ。

だからこそ、そんなばあやを気遣ってくれたことが、思いのほか嬉しかった。

小春はそっと、廊下の柱の陰に身を隠した。