大正初恋浪漫譚ー突然、陸軍少尉の婚約者になりましたが、どうやら彼は私に恋をしていたようですー




数日後。

実家で迎えた朝、小春はいつもより少し早く目を覚ました。

障子の向こうから差し込む朝の光は、何ひとつ変わらない。

廊下の向こうからは、ばあやが朝餉の支度をする物音が聞こえてくる。

いつもと同じ朝だった。

けれど、小春の胸の内だけは、数日前までとは違っていた。


――俺じゃ駄目なのか?


律が口にした言葉が、幾度となく頭の中で繰り返される。

あのときの律の顔が、忘れられなかった。

いつもなら、ふざけてばかりで。

小春が腹を立てれば面白がって笑い、困らせては、最後には何事もなかったかのように手を差し伸べてくれる。

そんな律が、あんな顔をするなんて。

小春は布団の上で膝を抱え、小さく息を吐いた。

律は、いつから自分をあんなふうに想っていたのだろう。

小学生の頃から、ずっと一緒だった。

木登りをして叱られたことも、学校帰りに寄り道をして、二人そろってばあやに小言を言われたこともある。

くだらないことで言い争って、翌日にはけろりと仲直りしたことも、一度や二度ではない。

小春にとって、律はあまりにも身近な存在だった。

兄のようで、弟のようで、けれど、どちらとも違う。

何でも話せて、遠慮なく言い合えて。

隣にいることを、疑ったことさえなかった。

それなのに。


――律は、私のことを……。

そこまで考えて、小春は慌てて首を振った。


「……もう。朝から何を考えているの、私は」


誰に聞かせるでもなく呟き、頬を両手で押さえる。

けれど、熱を帯びた頬は、そう簡単には冷めてくれなかった。


少尉のことを考えると、胸が落ち着かなくなる。

律のことを考えても、胸が落ち着かなくなる。

同じように胸が騒ぐのに、二人を想う気持ちは、きっと同じではない。

では、何が違うのだろう。

小春には、まだ、その答えがわからなかった。

ただひとつ確かなのは、もう前と同じ気持ちではいられないということだった。

小春はそっと立ち上がり、鏡台の前に座った。

今日も学校へ行かなければならない。

いつものように身支度を整え、いつものように振る舞おう。

そうすれば、きっと大丈夫。

そう自分に言い聞かせながら、小春は櫛を手に取った。