そして、何か思いついたように身を乗り出す。
「おい、大河。ここで止めろ」
「えっ?兄貴、どちらへ?」
「ちょっと引っ掛けてくるわ」
裕也は親指と人差し指で小さなお猪口を持つ形を作り、口元へ運んでみせた。
「お供しますか?」
「いらねぇよ。適当に時間潰してろ」
「分かりました。何かあれば連絡ください」
「おう」
車を降りた裕也は、スーツのポケットに両手を突っ込み、人混みの中へ歩き出した。
表通りは、夜だというのに昼間のように明るい。
頭上には提灯が連なり、店のガラス窓には色鮮やかな料理の写真が並んでいた。
裕也はその賑わいを横目に、細い路地へ足を向ける。
ほんの数歩入っただけで、周囲の空気が変わった。
背後から聞こえる人々の声が遠ざかる。
建物と建物の間は狭く、頭上には配管や室外機が突き出している。
表通りのネオンが壁の隙間から差し込み、濡れたアスファルトに赤や青の光を落としていた。
足元には空き缶、潰れた紙コップ、煙草の吸い殻。
ゴミ袋からは生ゴミがはみ出し、鼻につく酸っぱい臭いが漂っている。
「ったく、表と裏じゃ大違いだな」
裕也が鼻を鳴らした、そのとき。
ガサガサッ。
積み上げられたゴミ袋の陰で、何かが動いた。
「ん?」
黒い猫が一匹、袋の隙間から顔を出した。
続いて、茶色い猫。
少し離れた室外機の下からも、小さな猫がこちらを見ている。
「なんだ、お前ら」
裕也はしゃがみ込み、口元を緩めた。
「こんな寒いとこで何してんだよ」
猫たちは一定の距離を保ったまま、裕也をじっと見つめている。
「お前らも生きるのに必死だな」
ポケットを探ると、小さな菓子の包みが出てきた。
裕也は中身を確かめ、猫たちの足元へ細かく崩して落とした。
一匹が恐る恐る近づく。
匂いを嗅ぎ、口をつけると、ほかの猫たちも寄ってきた。
「ははっ。食うの早ぇな」
裕也はその様子を眺めながら、膝に肘を乗せた。
「俺もさ、ノラ。お前らと変わんねぇけどな」
猫は返事もせず、地面に落ちた欠片を追いかけている。
「……拾ってやれなくて、ごめんな」
しばらく見守ったあと、裕也はゆっくり立ち上がった。
