君と俺とあの猫と

「俺、猫になってる!」

初めての経験に、俺の頭はパニックになった。いったいどうすればいいんだ。

とにかく、落ち着いて頭を整理するためにも家に帰りたい。家に帰ってから、今後どうするか考えよう。

……いや、猫になったという現実から目を背けたいだけなのかもしれない。

俺は周りを見渡した。

見慣れない景色ばかりだ。酔っている間に、いったいどこまで歩いてきたのだろう。

現在地が分からなければ、家までどれくらい離れているのかも分からない。

スマホで調べようと、鞄から取り出そうとしたとき、俺はあることに気づいた。

……そうだ。俺、猫なんだった。

スマホなんて使えるわけがない。これじゃ道を調べることもできないじゃないか。

しかたなく、勘を頼りに適当に歩いてみた。しかし、歩いても歩いても、同じような建物や家ばかりが続いている。

もしかして、俺は同じ場所をぐるぐる回っているだけなのでは?

目印らしいものもない。地図なしで家までたどり着くのは、至難の業のように思えた。

俺は途方に暮れた。

そのときだった。

正面から、誰かが歩いてくるのが見えた。

あの人に道を聞こう。

……いや、待て。俺、猫だから言葉を話せないんだった。

やっかいだな。

その人が近づいてくるにつれて、見覚えがあるような気がしてきた。

え……美雪さん?

そう、俺が会社で片思いしている美雪さんだった。

美雪さんは俺を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「猫ちゃんだ!」

「野良猫なのかなあ?」

そう言いながら、美雪さんは笑顔で俺の頭を撫でた。

え、マジでこんなことある?

大好きな美雪さんに頭を撫でてもらえるなんて!

俺は嬉しさのあまり、スキップしたくなった。もちろん、猫なのでそんなことはできないのだが。

美雪さんは何度か俺を撫でると、満足したのか、

「猫ちゃん、バイバイ」

と手を振り、立ち去ろうとした。

ちょ、待って! 俺、迷子なんだけど!

連れて帰ってくれよ!

美雪さん、猫好きじゃん。だからさ、お願い!

しゃべることはできないが、俺は美雪さんに向かって、いかにも寂しそうに「ニャー」と鳴いてみた。

我ながら、演技力が半端ない。主演男優賞を受賞できる気がした。

もちろん、猫なので無理なのだが。

美雪さんは足を止めると、しゃがんで俺と目線を合わせた。

「寂しいの?」

俺はもう一度、悲しげに「ニャー」と鳴いた。

美雪さんは一瞬、考え込むような表情を浮かべた。

しかし、何かを決心したのか、パッと明るい顔になった。

「じゃあ、うちに来る? 野良猫なんでしょ? 私と一緒に住もう!」

そう言って、彼女はまた俺を撫でた。

「ちょうど私、猫好きだし。私も寂しかったし……。なんだか私と君、似たもの同士だね」

そう言うと、美雪さんは俺をそっと抱きかかえた。

こうして俺は、猫になった姿で、大好きな美雪さんの家に転がり込むことになるのだった。