「ただいまぁーっ!」
玄関のドアを開けるなり、わたしは元気いっぱいに叫んだ。
「おかえり、つばさ。手、洗ってきなさいよー」
「はーい!」
ランドセルを置いて、手洗いうがいを済ませたら、さっそく今日の大事な用事!
ランドセルから、あのプリントを取り出した。
「お母さん! 見て見て!」
「ん? なあに?」
「じゃじゃーん! 裁縫セット!」
わたしはプリントをテーブルいっぱいに広げた。
「二学期から裁縫の授業が始まるんだって! それでね、わたし、これがいいの!」
指さしたのは、もちろん!
パステルカラーの、星とユニコーンが描かれた裁縫セット!
「へえ、今の裁縫セットって、こんなにかわいいのねえ」
「でしょでしょ!?」
「どれどれ、お値段は……」
お母さんがプリントに顔を近づけた。
そして。
「えっ!? うっそ、これ有名ブランドのやつじゃん! たかっ!!」
「えっ?」
「ちょっと、つばさ。こっちのシンプルなデザインにしない?」
「い、や!! 絶っ対にこっちがいいの!」
わたしは、ぷうっと頬を膨らませた。
もうっ!
お母さんはいつもそう!
わたしのやりたいことに、いっつも反対するんだから!
「……つばさ」
「な、なに?」
「二年生のとき、ミニトマトのお世話を忘れて、枯らしかけたのは誰だったっけ?」
「ぎくりっ!」
な、なんで今、その話をするの!?
「あれは、ちょっとお水をあげるのを忘れただけで……」
「一週間もね」
「うぐっ!」
「それから、三年生のとき。どーうしても読書感想文にこの本がほしいって言って、買ってあげた、あのたかーい偉人の本」
「ううっ……」
「結局、夏休み最終日になっても、感想文が真っ白だったのは……誰だったかな?」
「うううう……っ!」
お母さんが、次々と痛いところを突いてくる。
や、やめてぇ!
それ以上、わたしの過去をほじくり返さないでぇ!
「お母さん、そのくらいにしといたら? 両手じゃ数えきれなくなるよ?」
ソファでくつろいでいたお姉ちゃんまで、口を挟んできた。
「お、お姉ちゃんまでぇ! ひどいっ!」
「だって、本当のことでしょ?」
お姉ちゃんは、くすくす笑っている。
……た、確かに。
わたしが三日坊主なのは、認めるけど。
でもっ!
「今回は違うもん! 絶対にかわいいものを作れるようになるんだから!」
「はいはい。前にも同じこと言ってたわよねえ」
「もーっ!」
どうして信じてくれないの!?
お母さんは、もう一度プリントに目を落とした。
「うーん……。あっ、そうだ」
「なに!?」
「お姉ちゃんの裁縫セットじゃ、だめ? かわいいじゃない」
「えっ?」
わたしが返事をするより早く。
「ちょっと、お母さん!?」
お姉ちゃんが、ソファから飛び起きた。
「つばさに貸したら、なくされちゃうじゃん!」
「な、なくさないもん!」
「この前だって、わたしのヘアピン、どこにやったのよ!」
「えっ……あれ?」
「ほら! もう忘れてる!」
「ううっ……」
お姉ちゃんは、ぷんぷん怒っている。
お母さんは、そんなわたしたちを交互に見つめた。
「あっ……そっか……。お姉ちゃんも、買うときは毎日
プリントとにらめっこしてたもんね」
「そうだよ! すっごく悩んで決めたんだから!」
「そうだったわねえ……」
お母さんは腕を組んだ。
「うーん……」
プリントを見て。
「ううーん……」
今度は、わたしの顔を見る。
わたしも負けじと、お母さんを見つめ返した。
(お願いっ! お願いっ!)
ユニコーンの裁縫セット! どうしても、あれがいいの!
「……あーっ! わかった! よし!」
「ほ、本当!?」
思わず身を乗り出す。
「ただし、条件があるわ」
「じょ、条件?」
「途中で飽きたからって、投げ出さないこと。道具をなくさず、大切に使うこと。約束できる?」
「できるっ! 絶対できる!」
「本当に?」
「ほんとにほんと!」
お母さんは、じーっとわたしを見つめた。
そして、大きなため息をひとつ。
「……じゃあ、今回は信じてあげる」
「やったああああっ!!」
わたしは両手を突き上げた。
「ありがとう、お母さん! だーい好き!」
「もう、調子がいいんだから」
お母さんはあきれたように笑った。
「……お母さん、甘いよ」
お姉ちゃんが、ぼそっとつぶやく。
「ふふっ。まあ、つばさだって、もう五年生だものね」
「そうだよ! わたし、もう五年生なんだから!」
胸を張って答えると、お姉ちゃんはなぜか、ますますあきれた顔になった。
「……三日坊主、今度は何日もつかなあ」
「お姉ちゃんっ!!」
もう! みんな、わたしのことをなんだと思ってるの!?
でも、いいもん!
今度こそ、絶対に続けてみせるんだから!
わたしはテーブルの上のプリントを、もう一度のぞき込んだ。
星とユニコーンの、かわいい裁縫セット。
(早く届かないかなあ……!)
このときのわたしは、まだ知らなかった。
裁縫って、思っていたよりもずーっと難しいってことを。
そして。
この裁縫セットが、わたしにとって、とっても大切なものになるってことも。
