東京ドームシティのデートから3日がたちました。
私たちは恋人未満という非常にモヤモヤした立場にいます。
あの後も頻繁にラインでメッセージ交換をしているので、このままフェイドアウトされる可能性は限りなく低いとは思いますが、実際のところはどうなるかわからない不安定な立場でいることに変わりはありません。
心の不安定な状態が影響しているのでしょう、ここ3日は毎日悪夢にうなされています。
内容は前の彼氏が私を捨てるというわかりやすいもの。
和樹さんに捨てられる夢でないだけまだマシではあるのですが、それでもやはり寝覚めが悪いのです。
冬なのに起きたらパジャマが汗でぐっしょり。
普段から悪夢はよく見るのですが、この3日間は本当にひどい有様です。
原因が和樹さんとの関係がはっきりしないからとわかっているので、私は起き抜けに和樹さんに報告します。
「おはよう!今日も悪夢を見てしまいました。和樹さんに捨てられる夢。なんでかな?」
ちょっと、わざとらしいでしょうか。
夢の相手が和樹さんと嘘をついて伝えるなんて、人が聞いたら関係を迫っているようにしか思えないかもしれません。
そして送っておいてこんなことを言うのも失礼ですが、きっとメッセージを受け取った相手は困ってしまうと思います。
少なくとも前の彼氏なら、 (夢で見たからなに?)と不機嫌になってしばらく音信不通になってしまうでしょう。
しかし、さすが和樹さんは神。
こんなメッセージでもちゃんと返してくれます。
「おはよう!また悪夢を見ちゃったか。夢見がわるいんだね。寝る時にアロマ炊いたりしたら?少しは良い気分で寝られるかも!」
返信は至極真っ当。
これ以上ないくらい、私のことを考えて返信してくれています。
ただ、言ってほしいのはその言葉じゃない!
私は思わず声に出してしまいました。
「付き合うのか、付き合わないのかをはっきり言ってよ!」
嫌な感情は口に出さないとストレスがたまります。
こんなことばかり言っているから、サボテンも病んじゃったんでしょうけど。
ただ、サボテンに関しては朗報があります。
日比谷でのデートの日から、心なしか元気を取り戻しているのです。
すこしづつ針が上向いている、そんな気がします。
私は霧吹きでシュッシュとサボテンに水をかけ、日の当たる窓際に置いて日光浴をさせました。
私は愛おしくサボテンを眺めながら語りかけます。
「心配させてごめんね、サボちゃん。文句はいっぱい言っているけど、今のところいい調子なの。だから安心して見守ってね」
私のサボテンは毎年春ごろに花を咲かせます。
どうか花が咲くくらいに回復してほしいところ。
これから二人の関係が進展したら、もっと回復するんじゃないかと思うとますます恋愛に熱がこもります。
私は拳を握りしめて叫びました。
「なんとしても次のよみうりランドで関係を進めるわ。目標は今年中の結婚!頑張るぞ!」
おー!と拳を振り上げますと、リビングからお母さんの声がしました。
「もう!いつもいつもうるさい!あんた、今日は仕事でしょ。さっさと行きなさい!」
いつものようにお母さんのガミガミが聞こえました。
いつもなら 「お母さんの方こそうるさい!」って叫び返すところですが、彼氏候補ができたおかげで今は心に余裕があります。
「はーい。支度します」
こんな穏やかな返事ができるほど落ち着いているのです。
やっぱり恋愛って素敵。
ただ、どんなに心が落ち着いていても、避けようのない不幸は起こるものです。
保育士の仕事で不愉快な思いをすることもあります。
その出来事の9割がモンスターペアレントのせい。
子どもを時間外まで預けようとして文句を言われたり、明らかにこの施設の責任ではない怪我の賠償を求められたなどがたまにあるのです。
そして、その日は特にひどい保護者とバトルになりました。
明らかに風邪を引いた状況の子どもを園に放置したうえで、いつまでも迎えに来ないのです。
はっきり言って児相案件になりかねない重大なことなのですが、通報はお互いにメリットがない行為。
できれば穏便に納得してもらうのが一番だったのですが、そういう保護者に限って聞き分けが悪いのです。
二時間も言い合いをし、なんとか次から注意してくれることになったのですが、私は保護者と言い争いになったことの報告書を提出しないといけないことになり、一時間も残業することになったのです。
(ああ、なんで私がこんな目に。本当に許せない)
モンモンとした気持ちで残業をこなしました。
気づけば深夜近く。
帰りの電車もラッシュの時間帯です。
「今日は疲れたし、タクシーで帰ろうかな」
そうつぶやいた時に思い出しました。
あ、私の彼氏候補、タクシードライバーでした。
彼氏をタクシー代わりに呼ぶなんて失礼極まりないのですが、実際に彼はタクシードライバー。
今日が仕事の日だと知っていたので、私は少しだけ期待してラインでメッセージを送りました。
「聞いて!今日、ひどいモンペと言い争いになっちゃった。そのせいで今の時間まで残業してたの。電車も混雑しているから憂鬱」
この文章で送信します。
すぐに返信があれば嬉しい。
もし送ってくれるって言ってくれたら、もう最高に嬉しい。
すると返事はすぐに返ってきました。
「えっ、そうなの!可哀想に。二十分だけ待てる?今、銀座だからすぐに迎えに行けるよ」
相変わらず、迷いのない即断即決ぶりです。
嬉しいと思う気持ちが強いのですが、その反面、とても申し訳なく思います。
忙しいのに邪魔をしちゃった。
でも、大切にされてて嬉しい。
その気持ちが溢れて、心を込めて返信を打ちます。
「ありがとう。本当に今日は心が折れちゃった。申し訳ないけど甘えさせえて」
するとすぐに返信が返ってきます。
「ほんとうにかわいそうだね。俺ならいくらでも甘えていいよ。すぐに行く」
運転しているのにわざわざ停めてラインを打っているのでしょうか。
申し訳ないなと思いつつ、やっぱり心のどこかで彼氏が送ってくれるのって嬉しいなという気持ちが抑えられません。
私は彼を待つ間、コンビニで時間を潰していたのですが、彼は十分でやってきました。
そして、彼が運転する車を見て心臓が締め付けられるくらいに驚いたのです。
街灯の光を反射して艶やかに輝く、黒塗りの高級ミニバン。
一見すると要人や有名人が乗るような威厳のある車体だけれど、屋根の上の行灯がタクシーであることを示していました。
スッと静かに停まった車の運転席から降りてきたのは、仕立ての良い黒スーツを完璧に着こなした和樹さんでした。
「ともえさん、お待たせ」
いつもの優しく目尻を下げた笑顔。
けれど、ビシッと決めたスーツ姿の彼は、昼間の親しみやすい雰囲気とはまるで別人のように洗練されていて、思わず胸が跳ね上がる。
「あ、ありがとう……! 本当に来てくれるなんて」
「当然だよ。ともえさんが傷ついたって聞いたら、飛んでこないわけないだろ。……本当にお疲れ様、大変だったね」
そう言うと、彼は迷いのない足取りで近づき、私をそっと温かい腕の中に抱きしめてくれた。
丸一日仕事をこなしてきた彼の制服からは、ほんのりと男らしい汗と柔軟剤の香りが漂ってくる。
抱きすくめられた背中を優しくぽんぽんと叩かれるたび、仕事で荒んでいためぐりめぐる悔しさが、スーッと溶けて消えていくようでした。
(ああ……私、この人に心底救われてるんだ……)
そっとハグを解いた和樹さんは、洗練されたスマートな身こなしで後部座席のドアを開けると、胸に手を当てて悪戯っぽく微笑んだ。
「どうぞ、俺の特別なお嬢様。おうちまでお送りします」
執事の気取りのような紳士的なエスコートに、私は思わずクスッと笑って手を取ります。
繋いだ手から伝わる温もりに包まれながら、私は晴れやかな気持ちで車内へと足を踏み入れました。
「よろしくお願いします」
そう答えた私の心は晴れやかです。
私たちは恋人未満という非常にモヤモヤした立場にいます。
あの後も頻繁にラインでメッセージ交換をしているので、このままフェイドアウトされる可能性は限りなく低いとは思いますが、実際のところはどうなるかわからない不安定な立場でいることに変わりはありません。
心の不安定な状態が影響しているのでしょう、ここ3日は毎日悪夢にうなされています。
内容は前の彼氏が私を捨てるというわかりやすいもの。
和樹さんに捨てられる夢でないだけまだマシではあるのですが、それでもやはり寝覚めが悪いのです。
冬なのに起きたらパジャマが汗でぐっしょり。
普段から悪夢はよく見るのですが、この3日間は本当にひどい有様です。
原因が和樹さんとの関係がはっきりしないからとわかっているので、私は起き抜けに和樹さんに報告します。
「おはよう!今日も悪夢を見てしまいました。和樹さんに捨てられる夢。なんでかな?」
ちょっと、わざとらしいでしょうか。
夢の相手が和樹さんと嘘をついて伝えるなんて、人が聞いたら関係を迫っているようにしか思えないかもしれません。
そして送っておいてこんなことを言うのも失礼ですが、きっとメッセージを受け取った相手は困ってしまうと思います。
少なくとも前の彼氏なら、 (夢で見たからなに?)と不機嫌になってしばらく音信不通になってしまうでしょう。
しかし、さすが和樹さんは神。
こんなメッセージでもちゃんと返してくれます。
「おはよう!また悪夢を見ちゃったか。夢見がわるいんだね。寝る時にアロマ炊いたりしたら?少しは良い気分で寝られるかも!」
返信は至極真っ当。
これ以上ないくらい、私のことを考えて返信してくれています。
ただ、言ってほしいのはその言葉じゃない!
私は思わず声に出してしまいました。
「付き合うのか、付き合わないのかをはっきり言ってよ!」
嫌な感情は口に出さないとストレスがたまります。
こんなことばかり言っているから、サボテンも病んじゃったんでしょうけど。
ただ、サボテンに関しては朗報があります。
日比谷でのデートの日から、心なしか元気を取り戻しているのです。
すこしづつ針が上向いている、そんな気がします。
私は霧吹きでシュッシュとサボテンに水をかけ、日の当たる窓際に置いて日光浴をさせました。
私は愛おしくサボテンを眺めながら語りかけます。
「心配させてごめんね、サボちゃん。文句はいっぱい言っているけど、今のところいい調子なの。だから安心して見守ってね」
私のサボテンは毎年春ごろに花を咲かせます。
どうか花が咲くくらいに回復してほしいところ。
これから二人の関係が進展したら、もっと回復するんじゃないかと思うとますます恋愛に熱がこもります。
私は拳を握りしめて叫びました。
「なんとしても次のよみうりランドで関係を進めるわ。目標は今年中の結婚!頑張るぞ!」
おー!と拳を振り上げますと、リビングからお母さんの声がしました。
「もう!いつもいつもうるさい!あんた、今日は仕事でしょ。さっさと行きなさい!」
いつものようにお母さんのガミガミが聞こえました。
いつもなら 「お母さんの方こそうるさい!」って叫び返すところですが、彼氏候補ができたおかげで今は心に余裕があります。
「はーい。支度します」
こんな穏やかな返事ができるほど落ち着いているのです。
やっぱり恋愛って素敵。
ただ、どんなに心が落ち着いていても、避けようのない不幸は起こるものです。
保育士の仕事で不愉快な思いをすることもあります。
その出来事の9割がモンスターペアレントのせい。
子どもを時間外まで預けようとして文句を言われたり、明らかにこの施設の責任ではない怪我の賠償を求められたなどがたまにあるのです。
そして、その日は特にひどい保護者とバトルになりました。
明らかに風邪を引いた状況の子どもを園に放置したうえで、いつまでも迎えに来ないのです。
はっきり言って児相案件になりかねない重大なことなのですが、通報はお互いにメリットがない行為。
できれば穏便に納得してもらうのが一番だったのですが、そういう保護者に限って聞き分けが悪いのです。
二時間も言い合いをし、なんとか次から注意してくれることになったのですが、私は保護者と言い争いになったことの報告書を提出しないといけないことになり、一時間も残業することになったのです。
(ああ、なんで私がこんな目に。本当に許せない)
モンモンとした気持ちで残業をこなしました。
気づけば深夜近く。
帰りの電車もラッシュの時間帯です。
「今日は疲れたし、タクシーで帰ろうかな」
そうつぶやいた時に思い出しました。
あ、私の彼氏候補、タクシードライバーでした。
彼氏をタクシー代わりに呼ぶなんて失礼極まりないのですが、実際に彼はタクシードライバー。
今日が仕事の日だと知っていたので、私は少しだけ期待してラインでメッセージを送りました。
「聞いて!今日、ひどいモンペと言い争いになっちゃった。そのせいで今の時間まで残業してたの。電車も混雑しているから憂鬱」
この文章で送信します。
すぐに返信があれば嬉しい。
もし送ってくれるって言ってくれたら、もう最高に嬉しい。
すると返事はすぐに返ってきました。
「えっ、そうなの!可哀想に。二十分だけ待てる?今、銀座だからすぐに迎えに行けるよ」
相変わらず、迷いのない即断即決ぶりです。
嬉しいと思う気持ちが強いのですが、その反面、とても申し訳なく思います。
忙しいのに邪魔をしちゃった。
でも、大切にされてて嬉しい。
その気持ちが溢れて、心を込めて返信を打ちます。
「ありがとう。本当に今日は心が折れちゃった。申し訳ないけど甘えさせえて」
するとすぐに返信が返ってきます。
「ほんとうにかわいそうだね。俺ならいくらでも甘えていいよ。すぐに行く」
運転しているのにわざわざ停めてラインを打っているのでしょうか。
申し訳ないなと思いつつ、やっぱり心のどこかで彼氏が送ってくれるのって嬉しいなという気持ちが抑えられません。
私は彼を待つ間、コンビニで時間を潰していたのですが、彼は十分でやってきました。
そして、彼が運転する車を見て心臓が締め付けられるくらいに驚いたのです。
街灯の光を反射して艶やかに輝く、黒塗りの高級ミニバン。
一見すると要人や有名人が乗るような威厳のある車体だけれど、屋根の上の行灯がタクシーであることを示していました。
スッと静かに停まった車の運転席から降りてきたのは、仕立ての良い黒スーツを完璧に着こなした和樹さんでした。
「ともえさん、お待たせ」
いつもの優しく目尻を下げた笑顔。
けれど、ビシッと決めたスーツ姿の彼は、昼間の親しみやすい雰囲気とはまるで別人のように洗練されていて、思わず胸が跳ね上がる。
「あ、ありがとう……! 本当に来てくれるなんて」
「当然だよ。ともえさんが傷ついたって聞いたら、飛んでこないわけないだろ。……本当にお疲れ様、大変だったね」
そう言うと、彼は迷いのない足取りで近づき、私をそっと温かい腕の中に抱きしめてくれた。
丸一日仕事をこなしてきた彼の制服からは、ほんのりと男らしい汗と柔軟剤の香りが漂ってくる。
抱きすくめられた背中を優しくぽんぽんと叩かれるたび、仕事で荒んでいためぐりめぐる悔しさが、スーッと溶けて消えていくようでした。
(ああ……私、この人に心底救われてるんだ……)
そっとハグを解いた和樹さんは、洗練されたスマートな身こなしで後部座席のドアを開けると、胸に手を当てて悪戯っぽく微笑んだ。
「どうぞ、俺の特別なお嬢様。おうちまでお送りします」
執事の気取りのような紳士的なエスコートに、私は思わずクスッと笑って手を取ります。
繋いだ手から伝わる温もりに包まれながら、私は晴れやかな気持ちで車内へと足を踏み入れました。
「よろしくお願いします」
そう答えた私の心は晴れやかです。
