タコベルの店内はファーストフード店そのものでした。
注文カウンターも親しみのある感じで安心できます。
ですが、座席が他のファーストフードとは違いました。
なんとボックス席がたくさんあるのです。
ファミレスのような背もたれが大きなボックス席でした。
東京ドームシティだから特別な席が用意されているのかもしれません。
私はこのボックス席を見て、とても安心したのです。
(これなら周囲の視線を気にしないで食べられる!)
会食恐怖症の一番の原因は他人の視線です。
その視線が遮られているのなら、私、食べることができるかも!
久しぶりの外食の実現に私が胸を弾ませていると、彼がプラスチックのメニュー表を見せてくれました。
「これがラインナップだよ。気になるの、ある?」
それまで気分が高揚していた私ですが、そのメニューを見て考え込みます。
いえ、タコベルのメニューが変というわけではないんです。
タコスというものがなにかわからないのに、写真を見てもどれが美味しいのかさっぱりわからない。
「ええ?なにがどうなの?辛いの?甘いの?全然わからない」
軽くパニックになってしまいました。
思わず頭を抱えていたのですが、彼が笑いながら席の方を指さしました。
「じゃあ、オススメをいくつか注文するよ。座って待ってて」
「ありがとう。お願い」
彼はレジカウンターへ行き、私は奥のボックス席に座ります。
お昼も過ぎて店内はほぼ貸し切り状態。
同じファーストフードのマックは一人でも入れますが、人がいっぱいだと食べることができないのでお持ち帰りにすることが多いです。
そんな私にとって空いていて天国に思えました。
「はあ、極楽」
そうつぶやいていると、注文を終えた彼が戻って来ました。
彼も疲れているのか、座ると 「ふう」とため息。
「ジェットコースターもお化け屋敷も楽しかったけど、濃厚で疲れたよ」
「そうだね。でも普通に遊んでいるだけだったらそこまで疲れないと思うよ」
「ともえさんと一緒だから盛り上がったんだよ」
「そうなの?」
私は上目遣いで彼を見ました。
しばらく見つめ合った私たちですが、恥ずかしくなったようで彼は顔を赤くして目をそらします。
そして恥ずかしくて話題を変えるためか、スマホを取り出して彼はアトラクションズのアプリを開きました。
「次はどこに行こうか。正直、けっこう疲れたから、次はのんびりしたアトラクションがいいな」
「だったらアニタッチ行かない?」
「アニタッチ?そういえば、そこに行きたいって言ってたね」
「アニタッチっていうのは、触れ合い動物園みたいなところかな」
「いいね。動物は好きだ」
「良かった!お昼の情報番組でも紹介されてたよ。カピバラとかウサギとか、色んな種類の動物がいるの」
「いいね。ともえさん、動物好きなんだ」
「ええ。特にうさぎが好きなの。小物もいっぱい持っているよ」
「そうなんだね。じゃあ、次はそこに行こうか」
本当になんでも受け入れてくれます。
こんな男性はなかなかいないなと強く思いました。
だけど、提案をしてから大切なことに気づきました。
アニタッチはアトラクションズとは別だから別料金がかかるのです。
アトラクションズのワンデーパスだけでも結構なお金を払いました。
ここでさらにアニタッチの料金がかかるとお金の使いすぎって思われるかもしれません。
前の彼は、そんな提案をしただけで舌打ちをしました。
しまったなと思った私は申し訳なさそうに聞きます。
「アニタッチは別料金がかかるの。遊園地でもお金使っているけど、大丈夫?」
すると彼はニッコリと笑います。
「そんなのかまわないよ。それくらいのお金がないわけじゃないから。それに新しい体験をするって、それだけで人生の幅が広がると思う。つまり、投資みたいなものだよ。人生を豊かにするためのね」
へえ、そんな考えがあるんだ。
私は素直に感心しました。
お金を使って経験を積んで、人生が豊かになるなんて考えたこともありません。
でも、言われたら納得できます。
私も推しに出会えたから人生が豊かになりました。
辛い現実を支えてくれたのも推しですし、彼と仲良くなったきっかけも推しです。
推し活にお金を使うなんて馬鹿らしいという人もいますが、その推し活のおかげで人生が明るく変わろうとしています。
こうして、今まで入ったことのないお店に来たのも彼の言う人生への投資なのかもしれません。
彼はスマホをいじります。
きっとアニタッチのことを調べているのでしょう。
「へえ、アニタッチって伊豆の動物園が運営しているんだね。専門家が飼育しているなら安心だ」
そう言っているとレジカウンターの方からピロンと電子音が響きました。
どうやら注文の商品ができたようです。
「あ、できたみたい。取りに行ってくるよ」
「お願い」
彼は何気なくスマホをテーブルに置いて席を立ちました。
しかもアニタッチのホームページを開いたまま。
「不用心ね。私ならスマホを持っていくわ。盗まれたり、勝手に中を見られたらどうするのかしら。勝手に見ちゃおうかな」
冗談でそうつぶやいた時のことです。
画面にライン通知のポップアップが出ました。
送り主の名前も出ています。
送った人の名前は 「星子」さん。
「え、女性?」
思わず食い入るように見てしまいました。
文章も一部、映し出されています。
「どう?デートは順調?」
そんな文章でした。
それを見た瞬間、なんだか心がざわめいたのです。
(今日、デートをしていること、星子さんに話しているんだ)
話していることは別にいいんです。
友達がいれば、デートの相談もするでしょう。
異性の友達がいればなおのこと。
でも、異性の友達がいるんだ。
どんな関係なんだろう。
元カノとかなのかな。
モヤモヤとした思いが膨れ上がって押しつぶされそうになっていると、彼がトレーを持って帰ってきました。
「お待たせ」
どうしよう、聞いちゃおうかな。
そう思っていたのですが、トレーを見て驚きました。
「うわ、すご!見たことない」
茶色い紙に包まれた大きな薄いものが3つ。
そしてポテトがたくさん。
飲み物まで用意してありました。
彼はトレーをテーブルに置くと、まず飲み物を渡して来ます。
「これ、紅茶ね」
「あ、ありがとう」
渡されたのはお湯が入ったカップとリプトンのティーパック。
熱々でした。
「そして、これがタコスだよ」
彼は包みを開けて行きます。
すると見たことがない食べ物が!
一つは定番のタコスのようで、柔らかいフニャフニャのクレープ生地にお肉と野菜がつまっています。
もう一つにはカチカチの、ハードな生地のタコス。
Uの字になっていて、傾けたらこぼれそうなほど入っていました。
それだけではありません。
さらに開けた袋には、もっこりしたクレープ生地で包まれたもの。
こちらはしっかりと包まれているので中身がわかりませんでした。
私が不思議そうに見つめていると、彼はそのクレープをピザのように半分に割ったのです。
すると中からトロっとしたものが!
思わず私はクイズの答えを思いついた園児のように答えます。
「これ、チーズ?」
すると和樹さんは満面の笑みでうなずきました。
「そう。これはチキンケサディーヤという商品だよ。中にほぐしチキンとチーズがたっぷりとはいっているんだ。これが俺の一番のオススメ!」
「これ、すごく美味しそう!チーズ、大好きなの。これ、先に食べていい?」
すると彼は苦笑しました。
「タコス専門店なんだからタコス食べればいいのに。でも、好きなものを好きな時に食べるのが一番美味しく感じるからね。遠慮なく召し上がれ」
「ありがとう!」
私はそのチキンケサディーヤを手に持ちます。
チキンケサディーヤは熱々で、チーズもトロ~リ。
生地の薄いチーズナンを思わせます。
「いただきます」
口に入れた瞬間、チーズの花が満開になったのかと思いました。
口の中に広がる濃厚なチーズのうまみと香り。
そしてチキンの程よい塩加減。
もちもちとした生地が食感までも楽しませてくれます。
「んんっ!これ、美味しい!」
初めて食べる食感と味に私は大興奮です!
そんな私を彼は得意げになって見つめていました。
私は人に食事の様子を見られるのは苦手です。
ですが、この時にはささいなことに思えました。
美味しいものを夢中で食べているのに、他の人の視線なんてどうでもいいじゃない。
ましてや彼なら、全然気にならない。
私は夢中になってチキンケサディーヤを頬張ります。
ワンピースを食べると美味しさのあまり、もっと食べたくなりました。
だから意地汚いと思いつつも、つい聞いてしまったのです。
夢中になって食べていると、彼が優しい笑み私の口元を見ていました。
「どうしたの?」
すると彼は無言で手を伸ばしてきて、私の口の端についたチーズを拭いました。
「夢中になるくらい美味しいんだね。連れてきてよかった」
そう言って笑う彼。
私は恥ずかしさのあまりうつむきますが、嬉しさが勝ちました。
そして、食欲も止まりません。
「……あの。これ、全部食べていい?」
恐る恐る尋ねると、和樹さんは目尻を思いっきり下げて、本当に嬉しそうに頷いてくれました。
「もちろん! どんどん食べて。ともえさんがそんなに美味しそうに食べてくれて、俺、すごく幸せだよ」
そう言って優しく目を細める彼の瞳には、溢れんばかりの温かさと甘い熱が宿っていたのです。
好きな人と一緒に美味しいものを食べるって、こんなにも満たされることだったんだ。
会食のプレッシャーでずっと苦しんできた私にとって、それは夢のような時間でした。
夢中でチキンケサディーヤを完食し、ふうと満足の息をついた時——私はハッと我に返ります。
(……あ、いけない! 美味しすぎて完全にすっぽ抜けちゃってたけど……!)
さっき彼のスマホに届いた『星子』という女性からのLINE。
「どう? デートは順調?」という親しげなメッセージが、遅れて脳裏に蘇ってきます。
(星子さんって、一体誰……? 元カノ? それとも……?)
美味しい料理で満たされたはずの胸の奥が、再び小さなモヤモヤでざわつき始めるのでした。
注文カウンターも親しみのある感じで安心できます。
ですが、座席が他のファーストフードとは違いました。
なんとボックス席がたくさんあるのです。
ファミレスのような背もたれが大きなボックス席でした。
東京ドームシティだから特別な席が用意されているのかもしれません。
私はこのボックス席を見て、とても安心したのです。
(これなら周囲の視線を気にしないで食べられる!)
会食恐怖症の一番の原因は他人の視線です。
その視線が遮られているのなら、私、食べることができるかも!
久しぶりの外食の実現に私が胸を弾ませていると、彼がプラスチックのメニュー表を見せてくれました。
「これがラインナップだよ。気になるの、ある?」
それまで気分が高揚していた私ですが、そのメニューを見て考え込みます。
いえ、タコベルのメニューが変というわけではないんです。
タコスというものがなにかわからないのに、写真を見てもどれが美味しいのかさっぱりわからない。
「ええ?なにがどうなの?辛いの?甘いの?全然わからない」
軽くパニックになってしまいました。
思わず頭を抱えていたのですが、彼が笑いながら席の方を指さしました。
「じゃあ、オススメをいくつか注文するよ。座って待ってて」
「ありがとう。お願い」
彼はレジカウンターへ行き、私は奥のボックス席に座ります。
お昼も過ぎて店内はほぼ貸し切り状態。
同じファーストフードのマックは一人でも入れますが、人がいっぱいだと食べることができないのでお持ち帰りにすることが多いです。
そんな私にとって空いていて天国に思えました。
「はあ、極楽」
そうつぶやいていると、注文を終えた彼が戻って来ました。
彼も疲れているのか、座ると 「ふう」とため息。
「ジェットコースターもお化け屋敷も楽しかったけど、濃厚で疲れたよ」
「そうだね。でも普通に遊んでいるだけだったらそこまで疲れないと思うよ」
「ともえさんと一緒だから盛り上がったんだよ」
「そうなの?」
私は上目遣いで彼を見ました。
しばらく見つめ合った私たちですが、恥ずかしくなったようで彼は顔を赤くして目をそらします。
そして恥ずかしくて話題を変えるためか、スマホを取り出して彼はアトラクションズのアプリを開きました。
「次はどこに行こうか。正直、けっこう疲れたから、次はのんびりしたアトラクションがいいな」
「だったらアニタッチ行かない?」
「アニタッチ?そういえば、そこに行きたいって言ってたね」
「アニタッチっていうのは、触れ合い動物園みたいなところかな」
「いいね。動物は好きだ」
「良かった!お昼の情報番組でも紹介されてたよ。カピバラとかウサギとか、色んな種類の動物がいるの」
「いいね。ともえさん、動物好きなんだ」
「ええ。特にうさぎが好きなの。小物もいっぱい持っているよ」
「そうなんだね。じゃあ、次はそこに行こうか」
本当になんでも受け入れてくれます。
こんな男性はなかなかいないなと強く思いました。
だけど、提案をしてから大切なことに気づきました。
アニタッチはアトラクションズとは別だから別料金がかかるのです。
アトラクションズのワンデーパスだけでも結構なお金を払いました。
ここでさらにアニタッチの料金がかかるとお金の使いすぎって思われるかもしれません。
前の彼は、そんな提案をしただけで舌打ちをしました。
しまったなと思った私は申し訳なさそうに聞きます。
「アニタッチは別料金がかかるの。遊園地でもお金使っているけど、大丈夫?」
すると彼はニッコリと笑います。
「そんなのかまわないよ。それくらいのお金がないわけじゃないから。それに新しい体験をするって、それだけで人生の幅が広がると思う。つまり、投資みたいなものだよ。人生を豊かにするためのね」
へえ、そんな考えがあるんだ。
私は素直に感心しました。
お金を使って経験を積んで、人生が豊かになるなんて考えたこともありません。
でも、言われたら納得できます。
私も推しに出会えたから人生が豊かになりました。
辛い現実を支えてくれたのも推しですし、彼と仲良くなったきっかけも推しです。
推し活にお金を使うなんて馬鹿らしいという人もいますが、その推し活のおかげで人生が明るく変わろうとしています。
こうして、今まで入ったことのないお店に来たのも彼の言う人生への投資なのかもしれません。
彼はスマホをいじります。
きっとアニタッチのことを調べているのでしょう。
「へえ、アニタッチって伊豆の動物園が運営しているんだね。専門家が飼育しているなら安心だ」
そう言っているとレジカウンターの方からピロンと電子音が響きました。
どうやら注文の商品ができたようです。
「あ、できたみたい。取りに行ってくるよ」
「お願い」
彼は何気なくスマホをテーブルに置いて席を立ちました。
しかもアニタッチのホームページを開いたまま。
「不用心ね。私ならスマホを持っていくわ。盗まれたり、勝手に中を見られたらどうするのかしら。勝手に見ちゃおうかな」
冗談でそうつぶやいた時のことです。
画面にライン通知のポップアップが出ました。
送り主の名前も出ています。
送った人の名前は 「星子」さん。
「え、女性?」
思わず食い入るように見てしまいました。
文章も一部、映し出されています。
「どう?デートは順調?」
そんな文章でした。
それを見た瞬間、なんだか心がざわめいたのです。
(今日、デートをしていること、星子さんに話しているんだ)
話していることは別にいいんです。
友達がいれば、デートの相談もするでしょう。
異性の友達がいればなおのこと。
でも、異性の友達がいるんだ。
どんな関係なんだろう。
元カノとかなのかな。
モヤモヤとした思いが膨れ上がって押しつぶされそうになっていると、彼がトレーを持って帰ってきました。
「お待たせ」
どうしよう、聞いちゃおうかな。
そう思っていたのですが、トレーを見て驚きました。
「うわ、すご!見たことない」
茶色い紙に包まれた大きな薄いものが3つ。
そしてポテトがたくさん。
飲み物まで用意してありました。
彼はトレーをテーブルに置くと、まず飲み物を渡して来ます。
「これ、紅茶ね」
「あ、ありがとう」
渡されたのはお湯が入ったカップとリプトンのティーパック。
熱々でした。
「そして、これがタコスだよ」
彼は包みを開けて行きます。
すると見たことがない食べ物が!
一つは定番のタコスのようで、柔らかいフニャフニャのクレープ生地にお肉と野菜がつまっています。
もう一つにはカチカチの、ハードな生地のタコス。
Uの字になっていて、傾けたらこぼれそうなほど入っていました。
それだけではありません。
さらに開けた袋には、もっこりしたクレープ生地で包まれたもの。
こちらはしっかりと包まれているので中身がわかりませんでした。
私が不思議そうに見つめていると、彼はそのクレープをピザのように半分に割ったのです。
すると中からトロっとしたものが!
思わず私はクイズの答えを思いついた園児のように答えます。
「これ、チーズ?」
すると和樹さんは満面の笑みでうなずきました。
「そう。これはチキンケサディーヤという商品だよ。中にほぐしチキンとチーズがたっぷりとはいっているんだ。これが俺の一番のオススメ!」
「これ、すごく美味しそう!チーズ、大好きなの。これ、先に食べていい?」
すると彼は苦笑しました。
「タコス専門店なんだからタコス食べればいいのに。でも、好きなものを好きな時に食べるのが一番美味しく感じるからね。遠慮なく召し上がれ」
「ありがとう!」
私はそのチキンケサディーヤを手に持ちます。
チキンケサディーヤは熱々で、チーズもトロ~リ。
生地の薄いチーズナンを思わせます。
「いただきます」
口に入れた瞬間、チーズの花が満開になったのかと思いました。
口の中に広がる濃厚なチーズのうまみと香り。
そしてチキンの程よい塩加減。
もちもちとした生地が食感までも楽しませてくれます。
「んんっ!これ、美味しい!」
初めて食べる食感と味に私は大興奮です!
そんな私を彼は得意げになって見つめていました。
私は人に食事の様子を見られるのは苦手です。
ですが、この時にはささいなことに思えました。
美味しいものを夢中で食べているのに、他の人の視線なんてどうでもいいじゃない。
ましてや彼なら、全然気にならない。
私は夢中になってチキンケサディーヤを頬張ります。
ワンピースを食べると美味しさのあまり、もっと食べたくなりました。
だから意地汚いと思いつつも、つい聞いてしまったのです。
夢中になって食べていると、彼が優しい笑み私の口元を見ていました。
「どうしたの?」
すると彼は無言で手を伸ばしてきて、私の口の端についたチーズを拭いました。
「夢中になるくらい美味しいんだね。連れてきてよかった」
そう言って笑う彼。
私は恥ずかしさのあまりうつむきますが、嬉しさが勝ちました。
そして、食欲も止まりません。
「……あの。これ、全部食べていい?」
恐る恐る尋ねると、和樹さんは目尻を思いっきり下げて、本当に嬉しそうに頷いてくれました。
「もちろん! どんどん食べて。ともえさんがそんなに美味しそうに食べてくれて、俺、すごく幸せだよ」
そう言って優しく目を細める彼の瞳には、溢れんばかりの温かさと甘い熱が宿っていたのです。
好きな人と一緒に美味しいものを食べるって、こんなにも満たされることだったんだ。
会食のプレッシャーでずっと苦しんできた私にとって、それは夢のような時間でした。
夢中でチキンケサディーヤを完食し、ふうと満足の息をついた時——私はハッと我に返ります。
(……あ、いけない! 美味しすぎて完全にすっぽ抜けちゃってたけど……!)
さっき彼のスマホに届いた『星子』という女性からのLINE。
「どう? デートは順調?」という親しげなメッセージが、遅れて脳裏に蘇ってきます。
(星子さんって、一体誰……? 元カノ? それとも……?)
美味しい料理で満たされたはずの胸の奥が、再び小さなモヤモヤでざわつき始めるのでした。
