さくら貝
僕が小学生の頃
近所にみどりさんと言う
綺麗な若い女性がいた。
母と仲良しで、よく我が家に遊びに来た。
我が家にピアノがあったので
それを弾くのが楽しみだった。
ある日、我が家に遊びに来た時
母が留守で、僕が独りでいた。
みどりさんは帰る気配もなく
居間にあったピアノを勝手に弾き始めた。
僕は少しドキドキしながら
みどりさんの横顔を眺めていた。
みどりさんは弾き終わると
僕の横に座り、急に僕の手をとって
ーわあ、きれいな手ね、羨ましい。
私もこんなきれいな手になりたいー
彼女は、独り言のようにつぶやいた。
僕は恥ずかしそうに俯いていた。
それから、みどりさんは壁に掛かっている絵を見て
「 なんか、この絵すてき。海がきれい。」
そう言いながら僕の顔をのぞいた。
僕は恥ずかしくてずっと黙っていた。
みどりさんは絵の側に近づき、海辺の白浜を指差しながら
「 ねえ、見て。ビーチが素敵 」
見ると、いつの間にか、みどりさんがビーチを歩いている様な錯覚を覚えた。
そして、その後ろを僕が歩いていたのだ。
二人とも裸足だった。僕はみどりさんのあとを
黙ってそぞろ歩いた。みどりさんは時々足を止めて
目を細めて遠い海を眺めた。長い髪が風にゆれて
白い横顔が絵の様に綺麗だった。僕が見とれていると
急に立ち止まり、
「 あら、さくら貝だわ。綺麗ね 」
そう言いながら、砂の上のさくら貝を手に取った。
みどりさんは、それを空にかざして遠くを
見ようとしたが、急に僕の方を見て、
「 あの、これ、あなたにあげる 」と微笑んだ。
僕は戸惑いながら、そのさくら貝を受け取った。
その瞬間、僕は急に眠くなり、意識を失くした。
気が付くと、僕は我が家の居間にいた。でも、
みどりさんは居なかった。どこにも居なかった。
何気なく手を見ると、僕はさくら貝をひとつ
握りしめていた。


