さっきからずっと後ろにいる『鈴木』は、たまに低気圧のせいで『加藤』になっちゃダメですか?

さっきからずっと後ろにいる『鈴木』。

なんかいけすかないやつ。クラスでも全然目立たないし、友達がいるところも見たことがない。教科書のめくり方もなんかジメジメしている。

なのに、なんか気づいたら私の斜め後ろとか、真後ろの席にスッと座っていて普通に怖い。気配を消すのだけはプロ級なのだ。

「……ペロ……ペロペロ……」

ほら、まただ。

放課後の無人の教室。私がスマホをいじっている後ろで、鈴木が妙に湿っぽい音を立てている。
振り返ると、鈴木は虚ろな目で、アロエヨーグルトの蓋の裏を執拗に舐め回していた。スプーンを使えよスプーンを。ホント意味不明。



「……あ」



鈴木と目が合った。鈴木は蓋を舐めるのをピタッと止め、無表情のままそれをポケットに仕舞った。仕舞うな。捨てろ。
私はため息をつき、カバンを肩にかけた。早く帰ろう。こんな不気味なやつと二人きりで教室にいたら、こっちの精神が低気圧になってしまう。

その時だった。

ゴロゴロゴロ……!!
窓の外で、不穏な雷鳴が響いた。
一瞬にして空がどす黒い雲に覆われ、激しい雨が窓ガラスを叩きつけ始める。急激な天候の悪化。スマホの画面を見ると、お天気アプリの通知が狂ったように跳ねていた。

【警告:急速に発達した低気圧が接近中。気圧が爆下げします】
「……チッ」

後ろから、聞いたこともないようなドスの利いた舌打ちが聞こえた。

驚いて振り返る。そこに、さっきまでの「いけすかない鈴木」の姿はなかった。

「おい……。おいお前、気圧計を見ろ」

鈴木が、立っていた。

日頃の猫背はどこへやら、バキバキに引き締まった背筋。前髪の隙間から覗く目は、まるで獲物を狙う野生の狂犬そのもの。
そして何よりおかしいのは、彼がいつの間にか、制服のブレザーを脱ぎ捨て、ド派手なヒョウ柄のタンクトップ姿になっていることだった。どこで着替えた。いつ仕込んだ。

「す、鈴木……?」

「誰が鈴木だ。……俺のことは、『デストロイクラッシャー加藤』と呼べ」

気圧の急降下。それは、鈴木の脳内にある何らかのストッパーを完全に破壊し、彼を狂気のアート野郎へと変貌させる引き金だった。

私は知っている。低気圧の日の彼は、誰にも止められないということを。

「血が滾る。……おいお前、これを持て」

デストロイクラッシャー加藤(旧姓:鈴木)は、カバンから「全身ゴールドのラメ入りタイツ」を取り出し、私の顔面に投げつけてきた。

「は!? 何これ!? 眩しいんだけど!」

「着替えろ。今すぐだ。外を見ろ、あそこに奴がいる」

加藤が鋭い指先で指し示したのは、廊下の天井で赤く不気味に光る、学校最新型の防犯監視カメラだった。

「あのカメラは、人間の『常識』を監視している。……気に入らねえ。俺たちの圧倒的な『色彩』と『リズム』で、あの電子の眼をデ
ストロイ(破壊)するぞ」

「なんで私まで踊らなきゃダメなのよ!?」

「雨が降ってきたからだろ。……いくぞッ!!」

加藤がどこからか取り出したラジカセの再生ボタンを、親指でデストロイ(力強く押した)した。

鳴り響くのは、鼓膜をぶち破るような爆音の超高速ユーロビート。

「オラァァァ!! 恋のセキュリティをブチ壊せぇぇぇ!!」

ヒョウ柄の加藤が、廊下の真ん中でキレッキレのロボットダンスを始め、そのまま激しいバック転を連発してカメラへと迫る!

私は、渡されたゴールドタイツを握りしめ、あまりの理不尽さに半泣きになりながら叫んだ。

「もうサイテー!! なんで私が低気圧のせいで、こんなアホな目に遭わなきゃいけないのよーーー!?」

外はバケツをひっくり返したような大雨。

廊下では、ヒョウ柄の男がカメラの前で狂ったように踊っている。

私の、絶対に人には言えない奇妙な放課後が、本格的に幕を開けた瞬間だった。