御曹司と床でピザたべる

「撒くって、どうやって?」
「いったん屋上の駐車場に出よう。満車なら車が目隠しになる。その隙に反対側へ回り込むんだ。いいか? 焦るなよ」

 レイの声は落ち着いていた。逆らう気が起きないくらいに。

「大丈夫、うまくいく。今日の俺はツイている」

 布団を抱え直し、強運をアピールする。

「運を使い果たしてないと、いいけど……」

 わたしはやっぱり緊張してしまう。手をグーパーと握って開いて、深呼吸。
 背中に視線が突き刺さる。追ってくる人たちからは冗談の気配はしない。

「真琴はここに残るか?」
「え?」
「君に危害を加える連中ではないと思う」
「思うだけじゃ困ります」

 エレベーターを待つ。

「……真琴にひどい真似をしたら、俺が許さない。だから大丈夫」
「いや、根拠は?」
「ない」

 階数表示を見上げると、数字がひとつずつ降りてくる。
 ここに到着するまでに選ばないと。レイについていくのか、残るのか。
 どちらにしろ安全の保証はないが。

 チンッと音が鳴って、人が降りきるとレイが乗り込む。
 わたしの足は動かない。
 レイが閉ボタンを押す。その動きがスローモーションで再生され、周囲の音が消えていく。

 ――どうしよう。

「ま、待って、行きます!」

 ドアが半分閉まりかけたところで踏み出す。すると中からレイの手が伸び、勢いよく引き込まれた。

「ちょ、ちょっと! 危なっ」
「……良かった。真琴がついてきてくれて」

 よろけた拍子にレイの顔が間近に迫り、眉間に寄っていたシワが、ふっと緩む。

「もしもの時は、レイこそわたしを置いて――」

 あ、違うか。
 言い直す。

「わたしと布団を残して、逃げてください」
「それはない」
「わたしと布団なら、なんとかなりますから」
「根拠は?」
「あなたがそれ、言います?」

 掴まれたままの手が気になる。

「ああ、すまない――」

 離されないように握り返して、顔は前を向く。

「気が変わりました。置いていったら恨みます、枕元に立ちます」
「それなら枕も買わないとな。セットに含まれてない」

 駐車場へ出ると、満車状態。
 空きスペースを探す車が通路を回って、排気ガスが鼻をかすめた。

「反対側に降りる階段は――あそこだ」

 レイが顎で示した先に、目的の出入り口。
 階段へ続く出入口は他にもいくつかあるが、使った階段を追手に悟られてはいけない。
 身をかがめ、車と車の間を縫って進む。

「ストップ!」

 目の前の車が突然、バックを始めた。レイは別の車の影へわたしを隠すと、隙間から様子を窺う。

「すみません。このあたりで羽毛布団を持った男女を見ませんでしたか?」

 追手が、カートを回収している係員に聞き込みをしていた。

「さあ、ちょっと分かりませんね。サービスカウンターで呼び出してもらったらどうですか?」
「いえ、そこまでは」

 「ありがとうございます」とお礼を告げて、この場から離れると思いきや。

「もしもし。まだ見つからない、羽毛布団を持っているのは確かなんだが。こう込み合っていると」

 仲間と通話を始めてしまう。
 わたしは中腰がだんだんキツくなり、足元が震える。

「もう少しの我慢だ」
「う、うん」

 布団をお腹に押しつけ、頷く。追手の声はすぐそこ。腰を上げれば見つかってしまいそう。

「――にしても、怜さんには困ったものだ」

 その時、クラクションがけたたましく響いた。

「しっ! 声を出しては駄目だ」

 ビクッと跳ねた肩をレイが押さえる。
 どうやら、通路の真ん中で電話をしていた追手に向けられたものらしい。視界の隅で行き来していた靴が、遠ざかっていく。

「だって、今」
「行くぞ」

 聞きたいことがあるのに、レイは先を急ぐ。