御曹司と床でピザたべる

「わあ、お似合いです!」

 ワンピースを着て試着室から出ると、スタッフが笑顔で迎えてくれた。まあ、自分でも悪くないとは思う。ただ――

「……」

 スタッフの隣のレイは顎に手をやり、黙ったまま。

「こういう時はなにか言うのが、エチケットでは?」
「自分の審美眼に惚れ惚れしていた」
「取り消します。黙っていてください」

 鏡に向き直り、裾を摘む。パンツスタイルが多いので新鮮だ。
 さりげなく値段チェック。手が届かない金額じゃない。懸念があるとすれば、どこへ来ていくか。

「……気に入らないのか?」
「逆です。でも、どこに着ていけばいいのか」
「俺とデートしたらいい」

 その言葉に、レイを見る。

「遠慮します。お財布が保ちそうにないんで。すみません、こちらを買います」
「じゃあ、着たまま出かけよう」

 2人、ほぼ同時にスタッフへ声を掛けた。

「お、お買い上げありがとうございます。今、3千円ごとに海外旅行や家電製品が当たる抽選券をお配りしていて」
「家電製品」

 また声が揃う。

「はい、抽選会は一階の特設会場です。あと少しお買い上げいただくと、抽選券をもう1枚お渡しできますよ」
「サングラスはないか?」

 ここで、レイは抽選券を1枚どころか、何枚も増やしそうな発言をした。

「なぜ?」
「サングラスは変装の基本だろ?」
「こんな華やかなワンピースの女を連れて?」
「ヒロインを連れて逃げる。これも基本だろ?」

 まったく、スパイ映画の主人公になったつもりか。ご丁寧にウインクまで添える。

「本格的なものではないですが、ご用意はありますよ」

 スタッフがレイをアクセサリーコーナーへ案内した。
 彼は歩幅を合わせ、小柄なスタッフの方へ軽く身をかがめて話を聞く。時折、笑顔を交えて。
 なんだか、こうして眺めていると……。

「真琴〜!」

 サングラスをかけ、手を振ってくる。
 距離があって良かった。あのレンズに映り込むほど近かったら、自分がどんな顔をしているのか向き合わなきゃいけない。

■

「電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機、掃除機が欲しいです」
「無理言うな。券は3枚しかないんだぞ」

 サングラスを髪の上へ上げ、レイは抽選機のハンドルを握る。
 ガラガラ、ポンッと白い玉が転がった。

「電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機、掃除機が欲しいです」
「分かってる。物理的に不可能だが」

 1階吹き抜けエリアに開設された会場は、家族連れで賑わう。うさぎやパンダの着ぐるみが色とりどりの風船を配っている。
 ベビーカーを引く夫婦がひとつ受け取り、赤ちゃんへ見せた。

「真琴、応援したらどうだ?」
「レイ、頑張ってー」

 ポンッ、白い玉。
 高窓から注ぐ温かい自然光。いい天気だなあ。

「おい、現実逃避するな! こういうのは諦めないのがコツだ」
「いやいや、コツもなにも」
「まあ、いい見てろよ」

 気合を入れて、最後の1回。

「俺は高級羽毛布団セットが欲しい!」

 コロンッ、赤い玉が出る。

「おめでとうございます! 5等の高級羽毛布団が当たりましたー!」

 係の人が鐘を鳴らし、景品置き場から羽毛布団セットが運ばれてきた。
 レイはサングラスをかけ直してから受け取り、周囲からは拍手が起こる。

「あの人、かっこよくない?」
「もしかして芸能人とか? モデルかも」

 若い女の子たちがレイを指差す。その声が聞こえているだろうに、わたしの袖口を引く。

「ほら、言った通りになった」
「わたしは別の景品が欲しかったんですが?」
「残念だが、今日は他の荷物を持つ余裕がない」
「はあ? なんのために」
「また一緒に出掛ければいいだけ。服ならあるだろう?」

 いつまでも抽選台の前にいるわけにもいかず、レイについて歩き出した。

「……やはり、つけられてるな」

 レイがショーウィンドウへ目を向けた。
 つられてガラス越しに後ろを見ると、スーツ姿の男が数人、一定の距離を保ってついてきている。

「振り向くな。このまま撒く」