御曹司と床でピザたべる

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「あらかじめ断っておきますが、買うのは部屋着ですからね? 家具を揃えるのが優先です」
「俺の布団を買ってくれ、床で寝るのはきつい。来客用の布団があってもいいだろう」
「……カーテンも冷蔵庫もない部屋に人を泊められると? いや、どうしてこんなオシャレなカフェで朝食を?」

 アパート近くにある人気のカフェ。週末ともなるとテラス席は若い女性客で埋まる。

「予約なしで入れるなんて」
「予約はしたさ」
「どうやって? スマホ、ないですよね?」
「クロワッサンを買ったときに、口頭で」

 スマートにブラックコーヒーを含みながら言う。
 たしかに、お店のスタッフはレイの顔を見るなり、席へ案内してくれた。

「食べないのか? ここのクロワッサンはうまいだろう?」
「美味しいです、けど」
「けど?」
「お高めです」

 クロワッサンをひとくち、かじる。サクッと軽い歯ざわりのあと、バターの香りが広がった。外側はサクサク、中はしっとり。価格に見合う美味しさだ。

「値段か。見てもなかった」
「でしょうね。払うのは、わたしなので」
「……そうか、俺は真琴に養ってもらってる身なのだな」
「養うなんて言ってませんよ。きっちり返してくれないと」

 するとレイは頬杖をつき、口角を上げた。

「なるほど。身体で払えと?」
「ぶはっ! 朝からなにを言ってるんですか!」
「真琴こそ、なにを想像している? 俺は荷物持ちをするだけだ。買うんだろう? カーテンと冷蔵庫」
「うっ……」

 言い返せず、頬が熱い。

「早く食べろ」

 レイのお皿はすでに空っぽだ。あっという間に平らげた割に、食事作法はきれい。クロワッサンの欠片は落ちていないし、ナプキンも畳んである。

「ついてるぞ」
「え?」

 腰を浮かせ、額へ手を伸ばしてきた。
 指先がかすめ、思わず息を止める。

「なんで前髪につくんだよ。真琴は食いしん坊だな」
「く、食い意地が張ってるのはレイでしょ! デザートまで食べる気じゃない!」
「メニューを見ているだけだ。何が流行っているのか、気になるだろう?」

 レイは周囲の様子を観察し始めた。他のテーブル、店員の動き、通りを行き交う人々などを鋭い視線で追う。
 長い脚を組み替える仕草は絵になるが、ジャケットの下に「自宅警備員」とプリントされたTシャツを着ているのを知っていると、どうにも締まらない。

「なんで着てきたんです? それ」
「変装だ。俺がこんなシャツを着るとは思わないだろう?」
「……目立たない服、買いましょう」

 わたしは残りのクロワッサンを口へ運ぶ。


 朝食を済ませ、駅前のショッピングモールへ。映画館や温泉施設まで併設された大型の施設だ。
 さっそく、メンズアパレルが並ぶエリアに向かおうとしたが――

「これ、真琴に似合いそうだ」
「あの」
「気に入らないか? じゃあ、こちらはどうだ?」
「いや、そうではなく」
「ああ、ブラウスもいいよな」

 なぜか、わたしの服を見立てられている。

「あなたの服を買いにきたんです」
「そうだな。俺も真琴に選んでみたい」

 財布が無いのに? 言いかけた文句は口の中で消えた。
 あまりにも真剣な顔で選ぶから。

「女性を着飾るの、好きなんですか?」
「着せ替え人形になるのも、誰かを着せ替え人形にするのも好きじゃない」

 着せ替え人形。その言葉が、妙に引っかかった。けれど、レイはなんでもないように、別の服を手に取る。

「これはどうだ?」

 落ち着いたくすみブルーに、細いウエストライン。裾には控えめなフレアが入っている。
 上品で柔らかい印象を与えるワンピースだ。

「……素敵ですが、こういうの着ないんです」
「なら、真琴が好きな店へ移動しよう」

 強くは勧めず、ラックへ戻そうとした。
 あっさり引かれ、拍子抜けしてしまう。

「あ、いや、試着ぐらいならしてもいいですよ?」
「いいのか? 絶対、似合うと思う」

 ワンピースをわたしの肩口に当て、頷く。

「こちらを試着したいのだが、いいか?」

 片手を上げ、スタッフを呼ぶ。彼女は接客の機会を窺っていたが、レイがあまりにも楽しそうに服を選ぶので、声を掛けそびれていた。

 「どうぞ」と促され、試着室へ向かう。

「彼氏さん、すごく素敵ですね」
「え、いや」

 否定しきらないまま、シャッとカーテンが閉まった。