床の上で、目を覚ます。カーテンがないので朝日が顔に直撃する。
「おはよう」
声が降ってきて、凝り固まった身体を起こす。
ぼやけた視界のなか、瞬きを繰り返すうちにシルエットが鮮明になっていく。
「うわっ! まだ居たんだ」
「ご挨拶だな。今日は仕事か? 朝食はどうする?」
「……作ったの?」
「いや、物理的に無理。風呂は?」
「ちょっと待って、一気に言わないで」
ええと、昨夜はピザを食べ、それからどうしたんだっけ?
リビングを見渡す。ピザの箱は片付いていて、わたしの肩にはジャケットが掛けられていた。
「っていうか、あなたはどこで寝たの?」
「寝てない」
「は?」
「見張りをしていたからな」
「……ああ、命を狙われてる設定」
「設定じゃない。ほら、朝食か風呂にするか選べ」
わたしの周りをぐるぐる回り、急かす。まるで散歩に行きたがる犬みたい。
「……そっか、レイか」
「ん? なんだ?」
「なんでもない。今、何時?」
「体感で6時ちょっと過ぎたあたり」
正確な時刻を知るため、キッチンに置いたスマホを取りに行こうとする。と、レイが手を差し伸べた。
「これはなんの手?」
「立ち上がる手伝い。身体、バキバキだろ」
「そういうのは要らない」
言いながら、ジャケットも返す。寝ていないという言葉が本当かはともかく、レイの着衣に乱れはない。
「いいスーツ着てるのに、腕時計はしてないんですね?」
「それで、実際は何時?」
「6時10分」
「要らないな、時計」
朝っぱらから、はぐらかす会話にツッコむ気力はわかない。沸かすならお湯だ。
ケトル、ないけれど。
「コーヒー買ってきてくれません? その間にシャワーを浴びちゃいます」
「追われているかもしれない身を、買い出しへ行かせるのか?」
「命懸けの朝食大作戦ですね、頑張ってください。あ、別に帰ってこなくても大丈夫ですから」
シンクに寄りかかり、玄関を指差す。
「……分かった」
レイはやや溜めてから、頷く。
「じゃ、お願いします。1000円でいいですか?」
「いや、コーヒーだけでは身体に悪い。クロワッサンも買ってこよう。それと俺の下着も欲しい」
「帰ってくる気、満々じゃないですか」
■
「河合さん、ここ」
胸元を指さされ、制服についたパンくずに気づいた。
「夜ふかし? 顔も浮腫んでる」
「塩分とり過ぎ。もう若くないから」
「歳とかやめてよー。あ、そう言えば総務の足立さん、結婚するって。新卒でもう寿退社、判断が早い!」
「……総務?」
「ああ、河合さんの彼氏も呼ばれるんじゃない? ついでに式場の下見をお願いすれば? 結婚式の準備って大変だよ」
大きなお腹に手を添え、よいしょ、と立ち上がった。
彼女は、わたしが社内恋愛をしていたことを知っている数少ない同期の一人。
32歳ともなれば、仕事に打ち込むのか、家庭を築くのか、それとも自分の時間を大切にするのか。そろそろ、自分がどう生きたいのか考えなきゃいけない。
――わたしも。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない。それ、出してこようか?」
同期の手元にあるクリアファイルへ、視線を向けた。
「いいの? 助かる!」
「どこに持ってけばいい?」
「総務。育休の申請書類なんだ」
総務。
顔が引きつりそうになるのを、なんとか堪える。
廊下に出て、パンくずを指で弾き飛ばす。
「おはよう」
声が降ってきて、凝り固まった身体を起こす。
ぼやけた視界のなか、瞬きを繰り返すうちにシルエットが鮮明になっていく。
「うわっ! まだ居たんだ」
「ご挨拶だな。今日は仕事か? 朝食はどうする?」
「……作ったの?」
「いや、物理的に無理。風呂は?」
「ちょっと待って、一気に言わないで」
ええと、昨夜はピザを食べ、それからどうしたんだっけ?
リビングを見渡す。ピザの箱は片付いていて、わたしの肩にはジャケットが掛けられていた。
「っていうか、あなたはどこで寝たの?」
「寝てない」
「は?」
「見張りをしていたからな」
「……ああ、命を狙われてる設定」
「設定じゃない。ほら、朝食か風呂にするか選べ」
わたしの周りをぐるぐる回り、急かす。まるで散歩に行きたがる犬みたい。
「……そっか、レイか」
「ん? なんだ?」
「なんでもない。今、何時?」
「体感で6時ちょっと過ぎたあたり」
正確な時刻を知るため、キッチンに置いたスマホを取りに行こうとする。と、レイが手を差し伸べた。
「これはなんの手?」
「立ち上がる手伝い。身体、バキバキだろ」
「そういうのは要らない」
言いながら、ジャケットも返す。寝ていないという言葉が本当かはともかく、レイの着衣に乱れはない。
「いいスーツ着てるのに、腕時計はしてないんですね?」
「それで、実際は何時?」
「6時10分」
「要らないな、時計」
朝っぱらから、はぐらかす会話にツッコむ気力はわかない。沸かすならお湯だ。
ケトル、ないけれど。
「コーヒー買ってきてくれません? その間にシャワーを浴びちゃいます」
「追われているかもしれない身を、買い出しへ行かせるのか?」
「命懸けの朝食大作戦ですね、頑張ってください。あ、別に帰ってこなくても大丈夫ですから」
シンクに寄りかかり、玄関を指差す。
「……分かった」
レイはやや溜めてから、頷く。
「じゃ、お願いします。1000円でいいですか?」
「いや、コーヒーだけでは身体に悪い。クロワッサンも買ってこよう。それと俺の下着も欲しい」
「帰ってくる気、満々じゃないですか」
■
「河合さん、ここ」
胸元を指さされ、制服についたパンくずに気づいた。
「夜ふかし? 顔も浮腫んでる」
「塩分とり過ぎ。もう若くないから」
「歳とかやめてよー。あ、そう言えば総務の足立さん、結婚するって。新卒でもう寿退社、判断が早い!」
「……総務?」
「ああ、河合さんの彼氏も呼ばれるんじゃない? ついでに式場の下見をお願いすれば? 結婚式の準備って大変だよ」
大きなお腹に手を添え、よいしょ、と立ち上がった。
彼女は、わたしが社内恋愛をしていたことを知っている数少ない同期の一人。
32歳ともなれば、仕事に打ち込むのか、家庭を築くのか、それとも自分の時間を大切にするのか。そろそろ、自分がどう生きたいのか考えなきゃいけない。
――わたしも。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない。それ、出してこようか?」
同期の手元にあるクリアファイルへ、視線を向けた。
「いいの? 助かる!」
「どこに持ってけばいい?」
「総務。育休の申請書類なんだ」
総務。
顔が引きつりそうになるのを、なんとか堪える。
廊下に出て、パンくずを指で弾き飛ばす。

