御曹司と床でピザたべる

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「ピザカッターはあるんだな」
「他の調理器具、ほとんど持っていかれましたけどね。火、付けますね」

 引き出しから、ろうそくを出す。コンロをつけ、一番すり減っている「3」を灯す。次に「0」から「2」まで。
 バースデーケーキに飾る数字は、交際年数も表していた。もう「3」を買い足すことはない。

「そういえば。今日、誕生日だったんですか?」

 ピザに添えられていたメッセージカードを、男性へ見せてみる。

「……俺の字ではあるが、覚えてないな」
「ホームパーティーとかに持っていくつもりだったのかも?」

 8等分にカット。あったのを忘れていたけれど、なかなか切れ味がいい。

「ホームパーティー? 招待状どころか、財布やスマホも持ってないんだが」
「身分を証明するものがない?」
「そうなるね、まったく困ったものだよ」

 皿の上に置いた「0」のろうそくを指差す。

「そういうわけで、今日が俺の誕生日」
「0歳?」
「レイだ」
「……ああ、名前にも掛けてたんですか。記憶喪失なのに、よく頭が回りますね」
「真琴は疲れているようだが?」
「誰のせいだと?」

 ため息でろうそくを吹き消しそうになる。
 あれから警察へ行くよう何度も言った。
 けれど、のらりくらりとかわされ、気づけばピザまで切っていた。

「どこで食べる?」
「床ですよ」

 小さな火じゃ、リビングの隅まで照らせない。

「嫌なら、外に――」
「ここがいい」

 頬をろうそくの熱がかすめる。
 暗闇を見つめる彼の横顔がそばにあった。

「ん、なんだ?」
「いや、なんとなく、行儀が悪いことは嫌がりそうだと思っていたので」

 今も、シャツのボタンを上までしっかり留めているし。

「こんな大きなピザ、ひとりで食べるのは寂しいじゃないか」
「……寂しい? あなたが?」
「ああ、寂しいよ」

 ヒョイッと箱を手に取り、部屋の中央で正座する。
 ぼんやりした明かりの中、男性が豪華なテーブルでひとり食事をしているイメージが浮かぶ。

「どうせなら、壁に寄りかかって食べません? 足も投げ出して」
「……はは、それもいいな」

 壁際へ移動すると、横並びで座った。
 男性はさっそくひと切れ頬張り、首をかしげる。

「あれ、うまいな」
「美味しくて、なにがいけないんですか? 生地がモチモチ、ソースも手作りかな。温めてあったら、もっと美味しいのに」
「詳しいな、真琴はピザ職人か?」
「……違いますよ。会社員です、普通の」

 投げ出した両足を、ワイパーみたく左右に振る。

「普通の会社員の、なにがいけない?」
「駄目とは言ってません……わたしの人生、一体なんなんだろうなあって」

 天井を仰ぐ。ピザがなかなか飲み込めない。

「心に穴が空いたうえ、部屋まで空っぽになったら、人生について考えたくもなるか」
「……はあ、記憶喪失の人に同情されても」
「むしろ、適任だろ。隙間を持った者同士が慰め合うのは、な?」

 ゴクンッ、飲み込む。
 獲物を捕らえるような瞳。同類を映していると思えない。
 ピザカッターを掴んだ。

「冗談だ」
「は?」
「傷ついた女性に付け入る真似はしない」

 伸ばしかけた手で、次の一切れをつまんだ。

「居座るくせに?」
「オレのことはよく喋る観葉植物とでも思ってくれ」
「……無理あるでしょ」
「あはは、だよな?」

 笑い声がよく響く。うるさい。
 それでも、こんな夜にひとりじゃなくて良かった気持ちが芽生えてくるのは不思議だ。
 この男性が危害を加えない保証などないのに。

 せめて、お腹ぐらいいっぱいにして眠りたい。
 2枚目へ手を伸ばす。

「おい! サラミをはがして自分の分に乗せたな? 見えてるぞ」
「代わりにピーマン、あげる。好きでしょ?」
「俺は記憶喪失だが?」
「ゴールデンリトリバーのレイ君は、ピーマンが好物なんですよ。そちらは?」

 人間のレイは、わたしとチーズも剥げたピースを比べ、ニカッと笑う。