御曹司と床でピザたべる

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「えっと、命を狙われているとは? 然るべき場所に連絡するべきです」

 ドアノブを開けようとする音が止み、ピザを挟んで向き合う床の上。照明はつけない、というか器具がない。
 
「警察へ通報したら、君を巻き込んでしまう」
「お言葉ですけど、すでに十分巻き込まれています。外へ出られないと夕食の準備もできないのですが?」

 ちなみに炊飯器もない。

「そうか、買うものがたくさんありそうだな。荷物持ちをしよう」
「結構です。警察、行ってください」

 男性は背筋をピンッと伸ばし、正座している。額に貼った絆創膏がシュール。
 傷口は縫うほど深くないみたいだが、念のため診てもらったほうがいいだろう。

「……行きたくない」
「なぜ? 命、狙われてるんでしょう?」
「狙われてるかも、だ。はっきり思い出すまで、ここに置いてくれないか? 先程の奴等が来ても、俺がいれば追い払える」
「先程の奴等はあなたがいるから、うちにくるのでは? 思い出す前に襲われたら意味ないですよ」

 少し、沈黙。

「そうだな」
「あの、納得しないでください。傷口もですが、頭もしっかり診てもらった方がいいのでは?」
「記憶喪失は設定ではない」
「なら、尚更です。病院にも行ってください」

 片膝を立て、移動しようとすると手首を掴まれた。反射的に振り払うと、今度はブラウスの裾をそっと摘ままれる。

「待て、どこへ?」
「外に誰もいないか確認してきます」

 ついでに関係各所へ通報もするけど。

「……俺は、邪魔か?」

 しょんぼり、吹き出しが付きそうな顔。

「い、いや、そういう問題ではなくて」

 捨て犬みたいな表情をされると――気まずい。第一、これほど毛並みが良い犬が捨てられるのか?
 それに泣きたいのは、こっち。男性には早く出て行ってもらい、大声で泣いてしまいたい。

「この家には、俺が居候するスペースはあるだろうに」
「……家具はすぐ揃えるのでご心配なく。あなたを置いておくスペースなんて、すぐ無くなりますので」
「では、それまで俺を置いてくれ」

 ブラウスを離して、両手でわたしの拳を包み込む。

「これは合意の握手だ」
「勝手に話を進めないで! どうして、わたしとあなたが? 赤の他人ですよ?」
「ピザでも食べながら、お互いを知ればいいだろう」
「……記憶喪失ですよね?」
「ああ、そうだった。俺に名前をつけてくれないか?」
「この流れ、めちゃくちゃ怪しいんですが?」
「じゃあ、怪しくない名前にすればいい」

 手だけでなく、会話の主導権まで握られてしまう。
 このままじゃマズい。スマホを取り出すと、恋人から連絡があった。
 裏切られる形で終わった恋愛だけれど、こんな状況下なら助けてくれるかもしれない。

 メッセージをタップした途端、画面いっぱいに恋人と浮気相手――いや、元彼と今彼女の写真が広がる。

「新しい彼女、若っか」

 上手に笑えない口元を覆う。
 スマホが床に落ち、男性も視線を落とした。

「……君のほうが魅力的に見えるがな」
「変な慰めはやめて」

 手を離さず、握り返してしまいそうな力を込めてくる。

「慰めじゃない。俺も彼より男前だろ?」

 男性はスマホを拾い、立ち上がった。
 元彼より背が高い。顔を比べかけ、やめておく。

「わたし、顔で選んだりしないので」
「つまり、人間を見る目がないと?」
「あります。あなたは怪しいです」
「なるほど。それなら証拠写真を撮ろうか」

 いきなりカメラを向けられる。

「は? 証拠? な、なに?」

 戸惑っている間に、カシャリ。

「送信しておいたぞ」

 ほぼ男性しか映っていない写真。既読マークがついたところで、スマホを返された。

「それはそうと、この犬のスタンプ」

 元彼が「男は誰?」「もう新しい彼氏か?」「会社の奴とか?」メッセージを連投する中、スタンプが気になるらしい。

「……ゴールデンリトリバーの、レイ君」
「好きなのか?」
「でなければ買わないですよね」
「まあ、そうか。よし、俺のことはレイと呼んでくれ。君をなんて呼べばいい?」

 偽名の自己紹介に応じたくないのに、元彼が「答えろよ、真琴」と言ってしまった。