御曹司と床でピザたべる

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 マルゲリータにカッターを入れる。
 チーズの香ばしい匂いがふわりと立ち上った。

「本当に床で食べるつもり? お行儀が悪いってお姉さんに叱られるよ」
「真琴の部屋に姉さんはいないし、告げ口をする婚約者もいない。問題はないだろ」

 怜はシャンパンの栓を開け、グラスへ注ぐ。今日は彼の誕生日だ。

「せっかくだし、外食でもよかったんだよ? 買収の件で忙しくして、まともに食事してないでしょ?」
「真琴と食べるピザほど、うまい料理を知らないんでね。ほら、乾杯!」

 グラスを片手に冷蔵庫を開けたり、備蓄棚を漁ってみたり。勝手知ったる我が家のように振る舞う。

「相変わらず本格的なピザね。焼き目の付き方、もはや完璧でしょ」
「ああ、ピザ窯を作らせたんだ。食べたくなったら遠慮なくリクエストしてくれ」
「……あなたが焼くの?」
「当たり前だろ。真琴の唇に触れるものは、可能な限り俺の手を介したい」

 背後から抱き締めてきて、肩へ顎を乗せる。

「お寿司が食べたいっていったら握るわけ?」
「ああ、握るね。もちろん、君に食べてもらえるクオリティーになるまで修行する」
「藤堂グループのCEOが寿司職人になったら大変よ。あまりお姉さんを困らせないで」
「真琴はすっかり姉さんと仲良しだ。あの人は困るような柄じゃないが、妬けるな」
「妬かないで、エビの殻を剥いてよ」

 シュリンプサラダは藤堂家の食卓に欠かせない一品らしい。怜の好物だと教わった。

「真琴の好きなネタは、中トロだろ?」
「よく覚えてるね。正解」
「記憶力には自信がある」
「へぇ、記憶喪失だったのに?」

 お腹に怜の手を回されたまま、リビングへ。

「あれは設定、君も気づいていたじゃないか。ケガをして一時的に記憶が混濁していたのも嘘じゃない」
「ああ、婚約者とのデートをすっぽかそうとして、お姉さんに殴られたんだってね? 秘書のみなさんに聞いた」
「婚約者ではない! 両親が勝手に決めただけで、会ったことすらないしな。俺はそういうのに嫌気がさして……」

 藤堂グループを背負う重圧と、敷かれたレールの上を歩き続ける息苦しさから、あの日、彼は逃げ出したんだ。

 ピザを床に置き、怜を正面から包み込む。
 かつて傷のあった額をそっと撫でる。今では、痕ひとつ残っていない。

「偶然でもいい。あのとき、あなたが訪ねてきてくれてよかった」

 なにより、連れ戻されても帰ってきてくれたから。

「偶然じゃない、運命だろ。真琴は俺の名前を言い当てたじゃないか」
「ゴールデンリトリバーだけど、ね。あ、そういえば!」
「あー今度はなんだ? お手柔らかに頼む」

 両手をあげた怜にスマホを渡す。

「ツーショット写真、撮り直そう! 例のやつは額しか映ってなくて、不満だったんだ」

 というのは建前。新しい2人の写真がほしい。
 足立さんが流出させた写真は、藤堂グループの力によって削除された。
 この件について、怜はなにも説明しない。それでも、会社とわたしを守るために力を尽くしてくれたことは分かっている。

「よし、真琴がそこまで言うならキスするか。次は御曹司の甘く爛れた画像流出で炎上させようぜ」
「やだ、しない、しない、あはははっ!」

 カメラを構え、頬に何度もキスをする。くすぐったさに仰け反り、そのまま寝転ぶ。

「……はあ、そうだよね、怜は御曹司か」

 笑いすぎてお腹が痛い。あと空いた。

「まごうことなく、な。どうした? 不安になったか?」
「ちょっと」
「君には苦労をかけることになる。すまない」
「怜のためにするのは苦労じゃない、努力だよ」

 前髪を横へ払われ、額にもキスを贈られた。もう、怜に口づけられていない場所なんて残っていない気がする。
 怜に愛されているという自信が、わたしを強くしてくれるんだろう。

「なあ、誕生日プレゼントとして、なにか強請ってくれないか?」
「ふーん、わたしにおねだりされたいの?」
「そうだな。是非とも不健全な方向でねだられたい」
「却下。健全に撫でて」

 もぞもぞ動いて、膝枕をしてもらう。
 丁寧に髪を梳く指先には、指輪の感触があって。わたしは薬指を伸ばし、お揃いの指輪を天井にかざす。
 それを覗き込む怜へキスをした。

「シャンパンを持ってくる。改めて乾杯しよう」
「うん。照明、落としてもいい?」

 ジャンッと効果音をつけ、数字のろうそくセットを見せた。

「――それ、いいじゃないか。何十年先まで祝えそうだ」


おわり