御曹司と床でピザたべる

 啓太たちとのやりとりを終え、社長室エリアに着くと、すでに大勢の人が待ち構えていた。
 そのまま有無を言わさず、応接室へと案内される。

「社長、お連れいたしました」

 大きな窓を背に、ひとりの男性が立っていた。傍らには秘書らしき女性が控え、こちらに軽く会釈してくる。

 部屋にいる全員の視線が、男性に集中した。
 『プレジデント・ビュー』ではこう紹介されている。
『藤堂グループ代表取締役社長。若くして経営の第一線に立ち、数々の事業改革を成功させた敏腕経営者――藤堂怜』

「悪いが、皆は席を外してくれないか? 彼女と2人で話がしたい」
「ですが、社長」
「聞こえなかったか?」

 退出をためらうのも無理はない。なにせ、わたしは流出写真の相手だ。四方から値踏みするような視線を注がれ、特に秘書の女性からは強い圧を感じる。

「姉さん、彼女をそんな目で見ないでくれ。怖がっている」
「15分よ。それ以上はスケジュールを動かせない」
「分かった」

 レイに姉さんと呼ばれた女性は、軽く手を上げると、周りを引き連れて出ていく。
 女性はわたしの隣を通り過ぎるとき、じっと見つめてきた。鋭い眼差しがレイと似ていて逸らせないでいたら、「よろしく」と口の動きだけで伝えてきた。

「姉さんに睨まれて石にならないのは、真琴が初めてだ」

 サングラスをかけた藤堂社長が振り返る。

「いちおう聞きますが、変装のつもりでしょうか?」
「君に睨まれても石にならないようにな。愛用品だ」
「……ほかに言うことがあるのでは?」
「住所を教えてくれ。会いに行ったら部屋が空っぽだった」

 ソファーを勧められるが、着席しない。

「すまなかった。自己紹介から始めようか」
「しなくていいです、知ってます。藤堂怜社長ですよね」
「そうともいう」
「そうとしか言いませんが」
「レイ、だろ」

 サングラスを外し、素顔を見せた。
 胸の奥が締め付けられ、思わず手を当てる。

「うちの会社、買収するんですよね?」
「ああ、する。だが、今日はその話をしにきたわけじゃない。座って話そう」

 先に座り、隣の席をポンポン叩く。いかにも高級な革張りのソファーがよく似合う。

「普通、正面の席を勧めません?」
「いつも隣で食べていただろう。離れて座るのは寂しいじゃないか」
「……婚約者がいるくせに」

 ポロッと溢れてしまう、ひとこと。慌てて口を覆う。

「婚約者? 真琴まであんな話をするのか? あれはだな」
「あっ、もしかして口封じにきたとか? 写真も流出しちゃいましたしね――え?」

 再会を期待しなかったといえばウソになる。会いたかった。
 本当は、ずっと、会いたかった。

「茶化すな」
 
 目の前にレイの顔がある。一気に距離を詰めて、わたしを壁へ押しやった。

「口封じ、か。それはいい案だ。採用しよう」
「キ、キスとかしたら訴えますからね」
「いい弁護士を紹介してやる。口止め料、たんまりとれよ? 俺は払うために馬車馬のごとく、稼いでやる」
「いや、そこまでは。また熱を出したら大変なんで」
「黙っていなくなって、悪かった。抵抗したが、あいつらに病室送りにされたんだ」

 目尻を優しく撫でられ、まぶたを閉じてしまう。

「こら。そんな顔したら同意とみなすぞ?」

 「いいのか?」なんて、聞かないで。
 額と額をくっつけ、唇が触れるか触れない位置で囁く。

「でも、婚約者が――」

 身を捩るが、わたしを真っ直ぐ求める瞳に射抜かれて動けない。

「婚約者なんて、いない。婚約してほしい女性なら、ここにいる。それでは駄目か?」
「レイ、わたしは普通の会社員だし」
「俺は君が、好きだ」

 唇が重なった。ほんの少し、触れるだけの口づけ。身体が一瞬で熱くなる。

「……真琴?」
「これじゃあ、口止め料がたんまりとれません」
「なるほど。こちとら職権濫用で迎えにきてる。手加減しなくていいんだな?」
「なんだか、夢を見てるみたいで。実感がわかなくて」
「ああ、王子様とはそういうものだろ。待たせたな」

 つま先を上げ、両手を肩に回す。

「これが夢じゃないって、証明してくれますか?」
「嫌というくらいに、な?」

 2度目は、深く。もう離れなくてもいいように。