■
アラームより少し早く起きる。ベッドからキッチンへ直行し、コーヒーメーカーをセットする。
よい香りがしてくる前に洗面所で顔を洗っておく。洗濯乾燥機から乾いたタオルを取り出し、顔を拭く。
キッチンへ戻ってサンドイッチを作る。朝食とお弁当用なので、具材は彩りを重視。レタス、きゅうり、トマトにチーズ。冷蔵庫の奥から3枚入りのハムを取り出し、賞味期限は一昨日までだけれど、きっと大丈夫だろう。
コーヒーとサンドイッチを持って、窓側へ移動する。カーテンを開ければ、朝日に温められた街が活動を始めようとしていた。
窓を開ける。3階なら通行人の視線は気にならない。新鮮な空気を吸い込んでから、コーヒーをひとくち。
――おはよう。これが、わたしの朝だ。
■
出社すると、買収に関する説明会が開かれると知らされた。
「今週の金曜日だって」
「話は前からあったけど、急すぎない?」
「なんか、敏腕CEOが戻ってきたらしいよ。そこから話が急に進んだんだって」
案内メールには『藤堂グループによる事業買収に関する説明会』と記されていた。
「……説明会に、そのCEOは来ないよね?」
「来ない、来ない。もし来るなら、上の人たちが慌てるでしょ。あ、説明会のあとは個人面談みたいだけど、河合さん、残るでしょ?」
「そのつもり。残れるなら」
「河合さんは大丈夫! 同期のアタシが保証する」
同期はお腹を撫でながら、ほほ笑む。育休を控えた彼女だって、会社の先行きが不安なはずなのに。
「ありがとう」
「まあ、本当は恋の応援もしたいんですけどね?」
バレッタを指差し、今度はニヤニヤする。
「新居、その彼氏と住んでるの?」
「住んでない。住所も教えてない」
というか、教えようがないし。
「しばらく誰かと一緒に暮らす気にはなれないな」
「ええ、なんで?」と首を傾げる同期に、言葉を付け加える。
「みんな、家具を持っていっちゃうから」
自分で言っておきながら吹き出す。だけど、胸の奥はまだヒリついた。
痛みをごまかすみたいに髪を掻き上げて、バレッタを撫でる。
そこへ、内線電話のベルが鳴った。
「はい」
「河合真琴さんは、出勤しているかね?」
「わたしが河合ですが」
「今からすぐ応接室にきなさい。場所は分かるかい? 社長室の隣だ」
ものの数十秒で通話が切れる。表示された内線番号は社長室のものだった。
「河合、どうした?」
受話器を持ったまま固まっていると、上司が声をかけてくる。
「……社長室の隣の部屋に呼び出されました」
部内のあちこちで、同僚たちが顔を見合わせた。一般社員が社長室のあるエリアに出入りすることは、ほぼない。
「とにかく、すぐ行ってこい」
上司が背後に回り、わたしの椅子を引いた。
ため息を吐く。その勢いを使って重い腰を上げたとき、視界の隅に人影がよぎる。
あれは――足立さん?
「足立さんって、もう退職したんじゃなかったっけ?」
同期に尋ねた。
「河合さん、知らない? 彼女、妊娠してなかったみたい」
「ええ!」
「破談になっちゃったの」
「……そんな」
上司が近くにいるため、彼女は声を潜めた。
レイのことや引っ越しで慌ただしく、そんな情報はまったく耳に入ってこなかった。
まあ、入ってこなくてよかった。
「河合、早く行ってきなさい」
「え、あ、はい」
押し出される形で、部屋を出る。
足立さんは――もういない。
気のせいならいいが、足立さんの様子に違和感を覚えた。なんというか、怒ってる?
そもそも、怒りたいのはわたしの方なんだが。
社長室へ上がる専用エレベーターの前に立つ。ちょうど、エレベーターがこの階へ降りてくるところだったので、さっと脇へ避けた。
チン、と到着のベルが鳴り、ドアが開く。
アラームより少し早く起きる。ベッドからキッチンへ直行し、コーヒーメーカーをセットする。
よい香りがしてくる前に洗面所で顔を洗っておく。洗濯乾燥機から乾いたタオルを取り出し、顔を拭く。
キッチンへ戻ってサンドイッチを作る。朝食とお弁当用なので、具材は彩りを重視。レタス、きゅうり、トマトにチーズ。冷蔵庫の奥から3枚入りのハムを取り出し、賞味期限は一昨日までだけれど、きっと大丈夫だろう。
コーヒーとサンドイッチを持って、窓側へ移動する。カーテンを開ければ、朝日に温められた街が活動を始めようとしていた。
窓を開ける。3階なら通行人の視線は気にならない。新鮮な空気を吸い込んでから、コーヒーをひとくち。
――おはよう。これが、わたしの朝だ。
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出社すると、買収に関する説明会が開かれると知らされた。
「今週の金曜日だって」
「話は前からあったけど、急すぎない?」
「なんか、敏腕CEOが戻ってきたらしいよ。そこから話が急に進んだんだって」
案内メールには『藤堂グループによる事業買収に関する説明会』と記されていた。
「……説明会に、そのCEOは来ないよね?」
「来ない、来ない。もし来るなら、上の人たちが慌てるでしょ。あ、説明会のあとは個人面談みたいだけど、河合さん、残るでしょ?」
「そのつもり。残れるなら」
「河合さんは大丈夫! 同期のアタシが保証する」
同期はお腹を撫でながら、ほほ笑む。育休を控えた彼女だって、会社の先行きが不安なはずなのに。
「ありがとう」
「まあ、本当は恋の応援もしたいんですけどね?」
バレッタを指差し、今度はニヤニヤする。
「新居、その彼氏と住んでるの?」
「住んでない。住所も教えてない」
というか、教えようがないし。
「しばらく誰かと一緒に暮らす気にはなれないな」
「ええ、なんで?」と首を傾げる同期に、言葉を付け加える。
「みんな、家具を持っていっちゃうから」
自分で言っておきながら吹き出す。だけど、胸の奥はまだヒリついた。
痛みをごまかすみたいに髪を掻き上げて、バレッタを撫でる。
そこへ、内線電話のベルが鳴った。
「はい」
「河合真琴さんは、出勤しているかね?」
「わたしが河合ですが」
「今からすぐ応接室にきなさい。場所は分かるかい? 社長室の隣だ」
ものの数十秒で通話が切れる。表示された内線番号は社長室のものだった。
「河合、どうした?」
受話器を持ったまま固まっていると、上司が声をかけてくる。
「……社長室の隣の部屋に呼び出されました」
部内のあちこちで、同僚たちが顔を見合わせた。一般社員が社長室のあるエリアに出入りすることは、ほぼない。
「とにかく、すぐ行ってこい」
上司が背後に回り、わたしの椅子を引いた。
ため息を吐く。その勢いを使って重い腰を上げたとき、視界の隅に人影がよぎる。
あれは――足立さん?
「足立さんって、もう退職したんじゃなかったっけ?」
同期に尋ねた。
「河合さん、知らない? 彼女、妊娠してなかったみたい」
「ええ!」
「破談になっちゃったの」
「……そんな」
上司が近くにいるため、彼女は声を潜めた。
レイのことや引っ越しで慌ただしく、そんな情報はまったく耳に入ってこなかった。
まあ、入ってこなくてよかった。
「河合、早く行ってきなさい」
「え、あ、はい」
押し出される形で、部屋を出る。
足立さんは――もういない。
気のせいならいいが、足立さんの様子に違和感を覚えた。なんというか、怒ってる?
そもそも、怒りたいのはわたしの方なんだが。
社長室へ上がる専用エレベーターの前に立つ。ちょうど、エレベーターがこの階へ降りてくるところだったので、さっと脇へ避けた。
チン、と到着のベルが鳴り、ドアが開く。

