■
――翌朝、レイの様子がおかしい。
「……ああ、風邪、だな」
「のんきなこと言ってないで。顔真っ赤ですし、熱がありそう」
朝食にも手をつけず、羽毛布団から出てこない。
額に触れようとすると、潜ってしまう。
「病院には行かないからな! 寝ていれば治る」
「ひどい鼻声ですよ? とりあえずスポーツドリンクとフルーツを買ってきたので」
「シャインマスカットか?」
いったん、顔を覗かせる。
「リンゴです」
見せると、また潜る。
「嫌いですか?」
「剥けない」
「そのくらいやります。ああ、そうだ! 子どもみたいなワガママを言う人には、ウサギの形に切りましょうか?」
「ネザーランドドワーフにしてくれ」
再び現れた額に、冷却シートを貼った。少し触れただけでも熱が伝わってくる。
「レイ、病院――」
「ここにいたい。今日は早く帰ってきて、看病してくれ」
「わたしが昨日、Tシャツを濡らしたから?」
「……そうだな。だが、君が体調を崩さなくてよかった」
切れ長な目元は腫れぼったく、完全には開いていない。
うっすら汗ばむ生え際を拭ってみると、気持ちよさそうに息を吐く。
「そろそろ行かないと遅刻するぞ」
「こんな病人を置いて、行けないですよ。わたしのせい、だし」
すると、レイは布団を押しのけ、ゆっくりと上半身を起こした。
「会社、微妙な時期なのだろう?」
「わたしが欠勤したって、なんの影響もないですから」
レイは小さく首を振った。
そばで正座するわたしを見つめ、静かに続ける。
「影響があるかどうかの話じゃない。君が大切にしている仕事を、投げ出してほしくないんだ」
「別に、わたしでなくたって――」
食い下がろうとして、やめておく。相手は病人だ。これ以上、心配をかけたくない。
「はい、そうですね。任せられた業務は最後までやらないと!」
「ああ、俺のお世話も任せるよ」
「リンゴを切ったら、出社します。えっと、なんでしたっけ?」
「ネザーランドドワーフ。真琴に似てるんだ」
■
「いつにも増して、残業したくなさそうだな」
終業間近、啓太は懲りずに結婚式の余興について話をしにくる。
「分かるんだったら話しかけて来ないで。用件があるなら、早くして」
「これが俺の荷物に混ざってて。アパートの更新書類」
パソコンの横に封筒が置かれた。
「あ、そっか……今月までか」
封筒は未開封。あて先はわたしになっている。
思えば、ひとり暮らしの部屋に啓太が転がり込んできて、なし崩しに同棲が始まった。
「まあ、越しやすいだろ? 業者いらずだ」
「よくそんなこと、言えるよね」
婚約を機に家具を揃え直し、もっと広い部屋へ引っ越す。朝は淹れたてのコーヒーを飲んで、週末は大画面で映画を観る。
そんな暮らしを思い描いていた――こんな男と。
「頼むよ〜ビデオメッセージとかでいいからさ」
「暴露映像になってもいいの? わたし、啓太のこと許してない。これからも許せないと思う」
啓太の顔が引きつる。
「足立さんのこともあるし、荒立てるつもりはないけれど。啓太がこれ以上、関わってくるなら、話す」
「……真琴、そういうキャラじゃなかったよな? どうした?」
「わたしは、わたしを大事にしてくれる人を大事にしたい。それはもう啓太じゃないだけ」
空の封筒を突き返した。
啓太の中にあった、物分かりがよく、なにをされても見捨てない女。そのイメージが崩れていく。
――翌朝、レイの様子がおかしい。
「……ああ、風邪、だな」
「のんきなこと言ってないで。顔真っ赤ですし、熱がありそう」
朝食にも手をつけず、羽毛布団から出てこない。
額に触れようとすると、潜ってしまう。
「病院には行かないからな! 寝ていれば治る」
「ひどい鼻声ですよ? とりあえずスポーツドリンクとフルーツを買ってきたので」
「シャインマスカットか?」
いったん、顔を覗かせる。
「リンゴです」
見せると、また潜る。
「嫌いですか?」
「剥けない」
「そのくらいやります。ああ、そうだ! 子どもみたいなワガママを言う人には、ウサギの形に切りましょうか?」
「ネザーランドドワーフにしてくれ」
再び現れた額に、冷却シートを貼った。少し触れただけでも熱が伝わってくる。
「レイ、病院――」
「ここにいたい。今日は早く帰ってきて、看病してくれ」
「わたしが昨日、Tシャツを濡らしたから?」
「……そうだな。だが、君が体調を崩さなくてよかった」
切れ長な目元は腫れぼったく、完全には開いていない。
うっすら汗ばむ生え際を拭ってみると、気持ちよさそうに息を吐く。
「そろそろ行かないと遅刻するぞ」
「こんな病人を置いて、行けないですよ。わたしのせい、だし」
すると、レイは布団を押しのけ、ゆっくりと上半身を起こした。
「会社、微妙な時期なのだろう?」
「わたしが欠勤したって、なんの影響もないですから」
レイは小さく首を振った。
そばで正座するわたしを見つめ、静かに続ける。
「影響があるかどうかの話じゃない。君が大切にしている仕事を、投げ出してほしくないんだ」
「別に、わたしでなくたって――」
食い下がろうとして、やめておく。相手は病人だ。これ以上、心配をかけたくない。
「はい、そうですね。任せられた業務は最後までやらないと!」
「ああ、俺のお世話も任せるよ」
「リンゴを切ったら、出社します。えっと、なんでしたっけ?」
「ネザーランドドワーフ。真琴に似てるんだ」
■
「いつにも増して、残業したくなさそうだな」
終業間近、啓太は懲りずに結婚式の余興について話をしにくる。
「分かるんだったら話しかけて来ないで。用件があるなら、早くして」
「これが俺の荷物に混ざってて。アパートの更新書類」
パソコンの横に封筒が置かれた。
「あ、そっか……今月までか」
封筒は未開封。あて先はわたしになっている。
思えば、ひとり暮らしの部屋に啓太が転がり込んできて、なし崩しに同棲が始まった。
「まあ、越しやすいだろ? 業者いらずだ」
「よくそんなこと、言えるよね」
婚約を機に家具を揃え直し、もっと広い部屋へ引っ越す。朝は淹れたてのコーヒーを飲んで、週末は大画面で映画を観る。
そんな暮らしを思い描いていた――こんな男と。
「頼むよ〜ビデオメッセージとかでいいからさ」
「暴露映像になってもいいの? わたし、啓太のこと許してない。これからも許せないと思う」
啓太の顔が引きつる。
「足立さんのこともあるし、荒立てるつもりはないけれど。啓太がこれ以上、関わってくるなら、話す」
「……真琴、そういうキャラじゃなかったよな? どうした?」
「わたしは、わたしを大事にしてくれる人を大事にしたい。それはもう啓太じゃないだけ」
空の封筒を突き返した。
啓太の中にあった、物分かりがよく、なにをされても見捨てない女。そのイメージが崩れていく。

