■
「最近は残業せずに帰るんだな」
パソコンの電源を落とすと、暗いディスプレイに啓太の姿が映った。
「……なにか用?」
「結婚式の余興だけど」
誰もいないのを確認して、部署に入ってくる。
「言っておくけど、わたしは何も言ってないから。同期全員が参列しないのは、あなたの人望の問題でしょ」
構わず帰宅の準備。日が落ちきる前に帰って家事をしないと。真っ暗な中の浴室掃除は危ない。
「彼女が楽しみにしている。真琴は無理なのは仕方ないが、ほかの連中にかけ合ってくれないか?」
啓太は眉間を揉み、隣に腰を下ろした。
「疲れてるの?」
大きく息を吐いた啓太に尋ねる。
すると半身を机に預け、ネクタイを緩めた。
「……ああ、式の手配に出産の準備。そのうえ、会社が買収されるかもしれない。疲れもするだろ?」
「捨てた恋人に頼るほど判断力が鈍ってるの? って意味で言ったんだけど」
「そういう可愛げがないところ、変わらねえな。そんな調子じゃ、次の男にだって愛想を尽かされるぞ」
啓太はスマホを取り出し、わたしとのトーク履歴をさかのぼる。
彼は別れた後も一方的にメッセージを送ってきていた。まるで、自分は幸せなのだと誰かに言い聞かせるように。
「この男、どこかで見た気がするんだよ」
レイとのツーショット。もっとも、わたしは額しか映っていないけれど。
啓太は写真を拡大し、コツコツと指先で叩いた。
「……どこだっけな」
「余計な詮索しないで」
「うーん、どこだろう」
腕を組んでふんぞり返ると、シャツの下からTシャツの柄が透けて見えた。わたしと暮らしていた頃は嫌がったくせに。
それに、水玉模様のネクタイなんて締めなかった。
「ああ! 思い出した。『プレジデント・ビュー』だ!」
「なにそれ、動画? 雑誌? あのさ、そういうの止めた方がいいよ。この際、きちんと地に足をつけて――」
ああ、そっか。わたし、口うるさかったんだね。
啓太のうんざりした顔が、今ならすんなり理解できる。
「とにかく、わたしはもう帰る」
「余興の件は?」
「それは話が別。わたしはあなたのお母さんじゃないんだから」
■
帰宅すると、上半身裸のレイに出迎えられる。
「おかえり、風呂掃除はしておいた」
「……ありがとうございます。えっと」
「掃除のついでに、Tシャツも手洗いしたんでね」
わたしから通勤バッグを受け取り、ペタペタ裸足でリビングへ。
掃除と洗濯、シャワーまで浴びたんだろう。ほのかに漂う、わたしと同じシャンプーの香り。
「レイ、これ」
「おっ、夕飯だな? いつもありがとう」
エコバッグからお寿司、それからTシャツを取り出す。
「お寿司が半額で買えたので、ついでですよ」
「真琴のはついでじゃないだろ」
レイはTシャツを前後左右、念入りに確認する。
「アイデンティティを損なうプリントはしてないです」
「なぜ? 無言の圧力か?」
「……要らないなら」
「いや、必要に決まってる!」
奪い返す前にレイは袖を通す。今回はサイズがぴったり。
「お利口に自宅警備をするものだな。寿司までもらえるなんて。俺、金目鯛の昆布締めが好物なんだ」
Tシャツの肩口に頬ずりしながら言う。
「スーパーのお寿司にそんなネタ、入ってないです。ちなみに中トロはわたしの好物ですよ」
「中トロとイカ、エビ、サーモンと交換しようか?」
「めちゃくちゃなレートじゃないですか」
窓際へ目をやる。ビジネス書が積み重なり、その隣には羽毛布団がたたまれていて。
レイは床でお寿司を食べる支度をし始めた。
「ねえ、レイ」
「ん? 真琴も先に風呂に入るか?」
「『プレジデント・ビュー』って、知ってます?」
「最近は残業せずに帰るんだな」
パソコンの電源を落とすと、暗いディスプレイに啓太の姿が映った。
「……なにか用?」
「結婚式の余興だけど」
誰もいないのを確認して、部署に入ってくる。
「言っておくけど、わたしは何も言ってないから。同期全員が参列しないのは、あなたの人望の問題でしょ」
構わず帰宅の準備。日が落ちきる前に帰って家事をしないと。真っ暗な中の浴室掃除は危ない。
「彼女が楽しみにしている。真琴は無理なのは仕方ないが、ほかの連中にかけ合ってくれないか?」
啓太は眉間を揉み、隣に腰を下ろした。
「疲れてるの?」
大きく息を吐いた啓太に尋ねる。
すると半身を机に預け、ネクタイを緩めた。
「……ああ、式の手配に出産の準備。そのうえ、会社が買収されるかもしれない。疲れもするだろ?」
「捨てた恋人に頼るほど判断力が鈍ってるの? って意味で言ったんだけど」
「そういう可愛げがないところ、変わらねえな。そんな調子じゃ、次の男にだって愛想を尽かされるぞ」
啓太はスマホを取り出し、わたしとのトーク履歴をさかのぼる。
彼は別れた後も一方的にメッセージを送ってきていた。まるで、自分は幸せなのだと誰かに言い聞かせるように。
「この男、どこかで見た気がするんだよ」
レイとのツーショット。もっとも、わたしは額しか映っていないけれど。
啓太は写真を拡大し、コツコツと指先で叩いた。
「……どこだっけな」
「余計な詮索しないで」
「うーん、どこだろう」
腕を組んでふんぞり返ると、シャツの下からTシャツの柄が透けて見えた。わたしと暮らしていた頃は嫌がったくせに。
それに、水玉模様のネクタイなんて締めなかった。
「ああ! 思い出した。『プレジデント・ビュー』だ!」
「なにそれ、動画? 雑誌? あのさ、そういうの止めた方がいいよ。この際、きちんと地に足をつけて――」
ああ、そっか。わたし、口うるさかったんだね。
啓太のうんざりした顔が、今ならすんなり理解できる。
「とにかく、わたしはもう帰る」
「余興の件は?」
「それは話が別。わたしはあなたのお母さんじゃないんだから」
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帰宅すると、上半身裸のレイに出迎えられる。
「おかえり、風呂掃除はしておいた」
「……ありがとうございます。えっと」
「掃除のついでに、Tシャツも手洗いしたんでね」
わたしから通勤バッグを受け取り、ペタペタ裸足でリビングへ。
掃除と洗濯、シャワーまで浴びたんだろう。ほのかに漂う、わたしと同じシャンプーの香り。
「レイ、これ」
「おっ、夕飯だな? いつもありがとう」
エコバッグからお寿司、それからTシャツを取り出す。
「お寿司が半額で買えたので、ついでですよ」
「真琴のはついでじゃないだろ」
レイはTシャツを前後左右、念入りに確認する。
「アイデンティティを損なうプリントはしてないです」
「なぜ? 無言の圧力か?」
「……要らないなら」
「いや、必要に決まってる!」
奪い返す前にレイは袖を通す。今回はサイズがぴったり。
「お利口に自宅警備をするものだな。寿司までもらえるなんて。俺、金目鯛の昆布締めが好物なんだ」
Tシャツの肩口に頬ずりしながら言う。
「スーパーのお寿司にそんなネタ、入ってないです。ちなみに中トロはわたしの好物ですよ」
「中トロとイカ、エビ、サーモンと交換しようか?」
「めちゃくちゃなレートじゃないですか」
窓際へ目をやる。ビジネス書が積み重なり、その隣には羽毛布団がたたまれていて。
レイは床でお寿司を食べる支度をし始めた。
「ねえ、レイ」
「ん? 真琴も先に風呂に入るか?」
「『プレジデント・ビュー』って、知ってます?」

