御曹司と床でピザたべる

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「最近は残業せずに帰るんだな」

 パソコンの電源を落とすと、暗いディスプレイに啓太の姿が映った。

「……なにか用?」
「結婚式の余興だけど」

 誰もいないのを確認して、部署に入ってくる。

「言っておくけど、わたしは何も言ってないから。同期全員が参列しないのは、あなたの人望の問題でしょ」

 構わず帰宅の準備。日が落ちきる前に帰って家事をしないと。真っ暗な中の浴室掃除は危ない。

「彼女が楽しみにしている。真琴は無理なのは仕方ないが、ほかの連中にかけ合ってくれないか?」

 啓太は眉間を揉み、隣に腰を下ろした。

「疲れてるの?」

 大きく息を吐いた啓太に尋ねる。
 すると半身を机に預け、ネクタイを緩めた。

「……ああ、式の手配に出産の準備。そのうえ、会社が買収されるかもしれない。疲れもするだろ?」
「捨てた恋人に頼るほど判断力が鈍ってるの? って意味で言ったんだけど」
「そういう可愛げがないところ、変わらねえな。そんな調子じゃ、次の男にだって愛想を尽かされるぞ」

 啓太はスマホを取り出し、わたしとのトーク履歴をさかのぼる。
 彼は別れた後も一方的にメッセージを送ってきていた。まるで、自分は幸せなのだと誰かに言い聞かせるように。

「この男、どこかで見た気がするんだよ」

 レイとのツーショット。もっとも、わたしは額しか映っていないけれど。
 啓太は写真を拡大し、コツコツと指先で叩いた。

「……どこだっけな」
「余計な詮索しないで」
「うーん、どこだろう」

 腕を組んでふんぞり返ると、シャツの下からTシャツの柄が透けて見えた。わたしと暮らしていた頃は嫌がったくせに。
 それに、水玉模様のネクタイなんて締めなかった。

「ああ! 思い出した。『プレジデント・ビュー』だ!」
「なにそれ、動画? 雑誌? あのさ、そういうの止めた方がいいよ。この際、きちんと地に足をつけて――」

 ああ、そっか。わたし、口うるさかったんだね。
 啓太のうんざりした顔が、今ならすんなり理解できる。
 
「とにかく、わたしはもう帰る」
「余興の件は?」
「それは話が別。わたしはあなたのお母さんじゃないんだから」

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 帰宅すると、上半身裸のレイに出迎えられる。

「おかえり、風呂掃除はしておいた」
「……ありがとうございます。えっと」
「掃除のついでに、Tシャツも手洗いしたんでね」

 わたしから通勤バッグを受け取り、ペタペタ裸足でリビングへ。
 掃除と洗濯、シャワーまで浴びたんだろう。ほのかに漂う、わたしと同じシャンプーの香り。

「レイ、これ」
「おっ、夕飯だな? いつもありがとう」

 エコバッグからお寿司、それからTシャツを取り出す。

「お寿司が半額で買えたので、ついでですよ」
「真琴のはついでじゃないだろ」

 レイはTシャツを前後左右、念入りに確認する。

「アイデンティティを損なうプリントはしてないです」
「なぜ? 無言の圧力か?」
「……要らないなら」
「いや、必要に決まってる!」

 奪い返す前にレイは袖を通す。今回はサイズがぴったり。

「お利口に自宅警備をするものだな。寿司までもらえるなんて。俺、金目鯛の昆布締めが好物なんだ」

 Tシャツの肩口に頬ずりしながら言う。

「スーパーのお寿司にそんなネタ、入ってないです。ちなみに中トロはわたしの好物ですよ」
「中トロとイカ、エビ、サーモンと交換しようか?」
「めちゃくちゃなレートじゃないですか」

 窓際へ目をやる。ビジネス書が積み重なり、その隣には羽毛布団がたたまれていて。

 レイは床でお寿司を食べる支度をし始めた。

「ねえ、レイ」
「ん? 真琴も先に風呂に入るか?」
「『プレジデント・ビュー』って、知ってます?」