御影先輩、今日の報告です。

桐谷令花(きりたにれいか)は悩んでいた。苦手な数学の問題が解けないからだ。

分厚い問題集の数Ⅲと書かれた表紙を睨みつける。......まあ睨みつけても問題はわかるようにならないが。仕方ない、もう一度問題と向き合わなければ。ため息をつくと、閉じていた問題集を再び開き、むむむ、と解説を読み始める。

そもそもなんで、両辺を二乗せずに左辺の範囲を調べ始めているのか、初っ端から意味が分からない。問題集、もう少し解説丁寧に描いたらどうなんだ。そんな文句をぶちぶちと心の中で呟いていると......

「あの、すみません」

隣の人から話し掛けられた。隣の人、そうここは自宅近くの図書館の自習スペースだ。当然隣の人はいる。だが、話しかけてくるのは当然ではない。

「えっと、どうかしましたか。」

頭をフル回転させながらとりあえず答える。現在は平日の午前中だ。そんな時間に図書館にいる人物など限られてくる。警戒しながらちらっと隣を見ると、相手は私服の男性、年齢的に大学生だろうか。イケメンだ。

「あの.......差し出がましいとは思うんですけど、さっきからずっと同じ問題を見ていますよね。」

「え、はい。......分からなくて。」

なんか文句でもあるか!と内心警戒心マシマシでいると、

「もしよければ、説明しましょうか。僕、多分分かると思うんで。」

予想外の答えに軽く目を見開く。最近塾もやめたばっかり、頼りのAIも数式になると文字化けして諦めていたところに、救いの糸が垂らされた。お兄さんも良い人そうだし、大丈夫だろうか。

「いいんですか。これ、あとから金銭請求されたりしませんよね?」

「ふっ、そんなことしませんよ。」

「あ、すいません。では、お願いします。ここの、問題8の(2)が分からなくて......」

優しいお兄さん(?)はほう、と呟くと私の書きかけのノートに目をやった。赤ペンで採点済みだ。些か、というか、だいぶ、チェックマークが目立つような気もするがそこはお愛嬌。......ご愛嬌である!
うっすら頬が熱くなるのを我慢していると、

「......どうしていきなり両辺を二乗したんですか?」

と、いきなり先生のような質問をしてきた。丁度引っかかっていたところだ。

「......平方根を外すため、ですか?」

思わず疑問形になってしまう。

「あぁ、そこで躓いていたんですね。ここで渋っていてもしょうがありませんから、答えを端的に言います。理由はルートの中身は必ず0以上というルールがあることと、もう一つ、右辺の正負がxの値によって変化するからです。」

前半は理解できた。が......
右辺の正負がxの値によって変化するから、とオウム返しに心の中で唱える。
.......まあ言っている意味は分かった。日本人だし。で、これがどうつながるんだ。
と思ったら、さっきと解説の文章の見え方が違う。そう、さっきの一言だけでたちまち理解できてしまった!すごい!
黙って目をキラキラさせていると、お兄さんはこちらを見て言った。

「その様子を見るに、もう分かったようですね。では最後にアドバイスを。」
「まず、問題を解くときには単純な数学のルールの存在から確認をすること。それと、解けたら自分で他の人に説明できるか、自問してみることです。それと、このAIでしたら数式でも文字化けしにくいと思いますよ。」

すると、こちらにぐっと身を寄せてきた。それだけでわかる、この人、絶対距離感バグってるパターンだ。しかも見知らぬ人に数学教えるとかお人好し以外の何物でもない。
モテるんだろうな、この人、イケメンだし......などと遠い目をして考えていると、持っていたスマホの操作を終えたお兄さんがAIのアプリを見せてくれた。初めて見るアプリだ。

「あ、あの.......アプリとか、そもそもこの問題教えてもらっちゃって、ありがとうございました。何かお返しできればいいんですけど、今手持ちが無くて......」

そう言うと、お兄さんはにこりと笑って答えた。

「いいえ、大丈夫ですよ。......でも、このままではあなたが落ち着かないでしょうね?」

ちらりとこちらを見てきたので、全力で首を縦に振る。このまま去られるのはちょっともったいないかもしれない。その様子を見てまた、クスリ、と笑うとお兄さんは提案をしてくれた。

「じゃあ、こういうのはどうですか。もし次に会えたら、図書館のカフェに一緒に行きましょう?」

「っはい!そうしましょう。ありがとうございます。」

ほら~、やっぱり人誑かしだ!いや、さっきはお人好しだったっけ?まぁいいや。

そしてお兄さんはペコリと頭を下げると去っていった。丁度帰るところだったみたいだ。