海沿いの古工場と猫

 田舎町、とは言っても『湊町』とういう名前で、海沿いの国道を挟んで山を切り開いた斜面に広がっている。町にはスーパーが三軒とホームセンターが一軒、小さな病院と町役場もある。三十分掛ければ市街に向かうことも出来て、遊びや仕事に行くには程よい距離になっている。

 穏やかな坂が続く道路脇には大きな家や小さな農家が目立って見えた。その道を愛車で走り、着いたところは古びた小さい平屋の家で、近くに雑草の生えた畑があった。駐車場と呼べるような場所ではないけれど、そこに愛車をバックで入れた。

 運転席から降りると、潮風が柔らかく吹き抜けた。おもむろに足を進めて行くと、平屋には二人ほど座れる縁側があり、その先には一畳ほどの、庭とも呼べないスペースがあった。そこにはコンクリート台の上に錆びた物干し竿が掛けられていて、洗濯物や布団を干すには不安がよぎった。

 そこでポケットから家の鍵を取り出し、平屋の玄関に向かって行った。玄関先から見える景色は、外観からは想像できない新しさが広がっていた。白い壁に綺麗なフローリング、居間からはキッチンが繋がり、小部屋も見えていた。キッチンの左側には浴室が備わり、一人で入るには充分な広さだった。洗面台まで付けられていて、洗濯機を置いても着替えるには少し狭く感じた。

 浴室から出ると、キッチンの先にトイレがあった。中を覗いて見ると、部屋と同じく綺麗で、ウォシュレットも付いていた。踵を返して、部屋の中に立ち、深い溜息を吐いたところで、叔父の声が頭に流れてきた。

『あんな田舎町に行って、どうするの?』

 その言葉に理由を伏せて、両親が暮らしていた事を持ち出した。すると、叔父は軽く息を吐いて、ここで暮らしなさいと言ってきた。けれど、自分はそれを断って、この町で暮らすと決めていることを伝えた。それから叔父は心配そうな面持ちで静かに息を吐いたけれど、この家を管理することを条件にしてきた。

 そして、こちらが動き始めた時には、叔父がこの家の鍵を持って訪ねて来て言った。

『あの町は良い人ばかりだから、直ぐに慣れるよ』

 そう言われてここへ来たものの、自分で手を入れられそうなところはなかった。

 それに『良い人ばかり』と言われても、自分から積極的に関わる気にはなれそうもなかった。