「……そっか」
それだけ言って、グラスに視線を落とした。
そのとき。
隣の彼が、ふと私の後ろに視線を向けた。
「お、来た」
顔を上げると、〇〇が立っていた。
近くで見ると、前より痩せていた。
顔つきも少し変わっていた。
でも、間違いなく〇〇だった。
〇〇は私の前に立ったまま、何も言わなかった。
ただ、じっと私を見ていた。
私も見つめ返した。
何か言ってほしかった。
でも、〇〇は何も言わなかった。
その沈黙が怖くなって、私は小さく笑った。
「……覚えてないよね……」
自分でも、どうしてそんなことを言ったのか分からなかった。
本当は、覚えていてほしかった。
忘れてなんかいないと言ってほしかった。
でも、期待して傷つくのが怖かった。
〇〇は、その言葉には答えなかった。
代わりに、隣にいる友達を見た。
「……何話してたの?」
友達は、何でもないことのように答えた。
「ああ、お前の知り合いかなって話しかけた」
「ふーん」
〇〇はそう言って、また私を見た。
目が合う。
何かを言いたそうなのに、何も言わない。
その顔を見ていたら、急に胸がいっぱいになった。
会いたかった。
ずっと、会いたかった。
なのに、いざ目の前にいると、何を言えばいいのか分からなかった。
気づいたら、口から出ていた。
「……痩せたね」
〇〇が少しだけ目を見開いた。
「……そう?」
「うん」
前より頬がすっきりしていて、少し疲れているようにも見えた。
「ちゃんと食べてる?」
自分でも驚くくらい、自然に出てきた言葉だった。
何ヶ月も連絡を取っていなかったのに。
何も知らないまま、突然いなくなられたのに。
それでも、最初に気になったのは、ちゃんとご飯を食べているかどうかだった。
〇〇は、しばらく私を見ていた。
それから、ぽつりと言った。
「……俺のこと、嫌いになった?」
思ってもいなかった言葉に、息が止まった。
どうして、そんなことを聞くの。
嫌いになれるなら、とっくになっていた。
何度も腹が立った。
何度も忘れようとした。
もう二度と会わなくていいと思おうとした。
でも。
「ううん、大好きだよ」
気づいたら、そう答えていた。
〇〇の表情が止まった。
「……え」
「大好き」
自分で言って、涙が出そうになった。
何ヶ月も言えなかった言葉。
もう届かないと思っていた言葉。
こんなに簡単に口から出てくるなんて思わなかった。
「……会いたかった」
声が震えた。
〇〇は何も言わなかった。
ただ、私を見つめていた。
その目が少し揺れた気がした。
「……怒ってないの?」
しばらくして、〇〇が聞いた。
私は小さく笑った。
「怒ってるよ」
「……うん」
「すごく悲しかった」
「……うん」
「何で何も言ってくれなかったのって、何回も思った」
〇〇は、うつむいた。
「……ごめん」
その一言を聞いた瞬間、胸がぎゅっとなった。
「……覚えてたんだ……」
私がそう言うと、〇〇が顔を上げた。
「……何を?」
「私のこと。ちゃんと覚えてたんだね」
忘れられていると思っていた。
あの関係も、私があげた鏡も、一緒に過ごした時間も。
全部、私だけの思い出になってしまったんだと思っていた。
でも、〇〇は覚えていた。
「忘れられるわけないじゃん」
〇〇は、小さな声で言った。
その言葉が、ずっと欲しかったものみたいに胸に染みた。
「……じゃあ、何で」
言いかけて、止まった。
何でいなくなったの。
何で連絡してくれなかったの。
何で私を一人にしたの。
聞きたいことは、たくさんあった。
〇〇は、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくり口を開いた。
「……ごめん。ちゃんと話さないといけなかった」
「……うん」
「何も言わずにいなくなるのは、違った」
私は、うなずいた。
「……うん」
「本当に、ごめん」
その声があまりにも真剣で、私はもう何も言えなかった。
許したわけじゃない。
悲しかったことも、傷ついたことも、なかったことにはできない。
でも、目の前にいる〇〇が、ちゃんと謝ってくれている。
それが嬉しかった。
もう一度、向き合おうとしてくれていることが。
「……会いたかった」
私は、もう一度言った。
〇〇は小さく息を吐いた。
そして、そっと私の手に触れた。
その手が懐かしくて、泣きそうになった。
「……俺も」
その言葉を聞いた瞬間、涙がこぼれた。
〇〇は、私の涙を見て、少し困ったような顔をした。
「……ごめん」
「……もう謝らないで」
「……うん」
「今は、ここにいて」
そう言うと、〇〇は私の手を握り直した。
「……いるよ」
その声を聞いたら、もう駄目だった。
私は、〇〇に抱きついた。
〇〇も、すぐに抱きしめ返してくれた。

