その人は私の隣に座ると、少しこちらを見てから、気さくに話しかけてきた。
「〇〇の知り合いだよね?」
心臓が跳ねた。
「……たぶん」
「多分って知り合いじゃん! なんか見たことある気がして」
その人とは初対面だった。
だから、見たことがあるはずはない。
不思議そうな顔をしていると、彼は笑った。
「いや、俺は会ったことないんだけどね。〇〇から話は聞いてたし、写真見たことあるし、」
「……え?」
「それにあいつがいつも使ってる小さい鏡あるじゃん。手のひらサイズのやつ」
その言葉に、思わず顔を上げた。
知っている。
私が〇〇にプレゼントした、小さな手鏡だった。
「……あれ?」
「そうそう。あれ、ずっと使ってんだよ。男がそんな可愛い鏡持ってるから、最初は何それって思ってたんだけど」
彼はおかしそうに笑った。
「女の子にもらったやつだって聞いて、あー、なるほどねって」
胸の奥が、きゅっと痛くなった。
まだ持っていたんだ。
もう私のことなんて忘れてしまったと思っていたのに。
「それに、あいつ、急に付き合い悪くなった時期があってさ」
「……そうなの?」
「うん。前は普通に飲みに来てたのに、急に来なくなったり、誘っても断ったり。仕事が忙しいって言ってたけど、今思えば、いろいろあったんだろうな」
彼は少し考えるようにしてから続けた。
「君の話も聞いてたよ」
何も言えなかった。
知らなかった。
私の知らないところで、〇〇が私の話をしていたなんて。
「まあ、あいつ、昔から何でも一人で片づけようとするところがあるから」
彼はグラスを手に取った。
「仕事もできるし、頭も回るし、周りからは何でもうまくやってるように見えるじゃん。実際、要領もいいしさ。あいつが困ってるって言っても、最初は冗談だと思うくらい」
私は、黙ってうなずいた。
〇〇は、いつも余裕があった。
私が悩んでいると、簡単なことみたいに答えを出してくれた。
知らないことを聞けば、何でも教えてくれた。
私が不安になっていると、笑って大丈夫だと言ってくれた。
だから、〇〇にもどうにもならないことがあるなんて、あまり考えたことがなかった。
「でも、株で結構やらかしたらしいんだよね。一時期、マジで破産するんじゃないかってくらい大変だったらしくて」
私は驚いて、彼の顔を見た。
「……そんなに?」
「うん。本人はあんまり詳しく話さないけどね。でも、なんとか持ち直したみたい。今も頑張ってるよ。あいつ、意外とそういうところは根性あるから」
〇〇がそんなことになっていたなんて、知らなかった。
知ることもできなかった。
あの人が何を考えて、何に悩んで、どんな毎日を過ごしていたのか。
私には、何も分からなかった。
聞きたいことはたくさんあった。
でも、聞く資格なんてないような気がした。
私たちは、そういう関係だったから。

