しばらく、二人とも黙っていた。
やがて、私は小さく口を開いた。
「……私、〇〇のこと、すごい人だと思ってた」
「……うん?」
「仕事もできるし、頭もいいし、お金もあるし。周りにいる人もすごい人ばっかりだし」
私は、少しだけ笑った。
「私が知らないこともいっぱい知ってるし、私が行かないようなお店にも普通に行くし。〇〇の世界って、私とは全然違うんだなって思ってた」
〇〇は、黙って私を見ていた。
「だから、いつか私じゃない人を選ぶんだろうなって。私より綺麗で、賢くて、〇〇の世界に合う人が現れたら、そっちに行くんだろうなって」
「……そんなふうに思ってたの?」
「うん」
私は、うなずいた。
「だから、彼女にしてほしいって言えなかった。もし断られたら、もう会えなくなるかもしれないから」
〇〇の指が、私の手を握り直した。
「……お前さ」
「……うん?」
「俺がどれだけお前に会いに行ってたと思ってんの」
思わず、顔を上げた。
〇〇は、少しだけ困ったように笑った。
「仕事終わりにわざわざ車走らせて、次の日早くても会いに行って。お前が行きたいって言った店も、食べたいって言ったものも、結構覚えてたんだけど」
「……うん」
「別に、誰にでもそんなことしてたわけじゃないよ」
胸が、ぎゅっとなった。
「……じゃあ、何で彼女にしてくれなかったの?」
ずっと聞きたかったことだった。
〇〇は、すぐには答えなかった。
少し考えてから、ゆっくり口を開いた。
「……馬鹿みたいだけど、関係を壊したくなかったんだよ」
「え?」
「最初はお前の気持ちもよくわからなかった。けど途中からは関係が心地よすぎてその状態が幸せすぎたんだよ、、」
彼は、まっすぐ私を見た。
「結局、拒否される恐怖で俺から離れてしまったけど、、」
彼は、私の手を握ったまま、視線を落とした。
「お前がそばにいてくれるのは嬉しかった。会いたかったし、会えたら幸せだった。でも、関係をはっきりさせることで、お前を失う可能性があるのが怖かった」
その言葉が、胸に刺さった。
私も、同じだったから。
関係をはっきりさせたい。
でも、断られるのが怖い。
何も言わなければ、まだ会えるかもしれない。
だから、曖昧なままでいいと自分に言い聞かせていた。
私たちは、お互いに失うのが怖くて、何も決められなかった。

