持っていた鍵をポケットにしまい、彼女のいるリビングへと向かう。
靴下越しに床の冷たさが伝わってくる。ひんやりとした床は、嘘みたいにつるつるとしていた。
リビングの扉は開かれたままで、私は中に入って後ろ手に扉を閉める。
ソファにリュックを置いて、その隣に腰を下ろしている彼女を見た。疲れ切った様子で、眉が垂れ下がっている。最初に見た時よりもいくらか幼く感じられた。
彼女は、L字型に並べられている隣のソファを指さして、
「座ったら?」と少しだけ偉そうに言った。私は言われるまま、一人掛けのソファに腰を下ろした。
「で、誰なの?」と、彼女は私を怪しむように見ながら言う。
「え?」
「前にここに住んでた人かと思ったけど、今日ここに来るわけないし」
「えっと」
「あっ、そうだ鍵! 鍵探さなきゃ」
自分から質問しておきながら、答えを聞くことなくそう続けた。無邪気な子供のようで、けれどその表情はやっぱりどこか冷たいように見えた。
リュックの外側にたくさんついているポケットをひとつずつ開けて、開けたポケットに手を突っ込んで、指先の感触だけで鍵を探している。リュックの中身が詰まっていて、手を入れるのが難しそうだった。
「あの」と、私は話を切り出す。
とにかく、この人が誰なのか、ここが誰の家なのかをはっきりさせないと。
「私も今日からここで暮らすって父に言われてて。持ってた鍵が使えたし、場所も間違ってないと思うんですけど」
彼女は私の言葉に何の反応も見せず、相変わらずリュックのポケットを漁っている。
ガサガサ、ガサガサ。
なんだか無限にポケットが湧き出るリュックのように思えてきた、そのとき、
「あっ、あった!」
弾むような声で、実際に身体を弾ませるようにしてポケットから鍵を取り出した少女は、その鍵を嬉しそうに私の方へ向けた。
私は少女の持っていた鍵へ視線を移して、
「えっ」
言葉を失った。
――チリン。
少女の持っている鍵には、猫のキーホルダー。
首元に着いている鈴が、少女の弾む身体に合わせて転がった。
「え、……その鍵」
「うん?」
「あの、そのキーホルダー、どうしたんですか?」
「キーホルダー? ああ、これ」
少女は、私の方へ突き出していた鍵を自分の方へ向け、どこか嬉しそうに頬を緩めた。
「もらったの」
「もら、った」
「そう、國村さんに」
「……え?」
聞き慣れた苗字が目の前の少女から発される。
ドクン。と、心臓が大きくはねる。
(國村さん、って……)
私は恐る恐る、ポケットから家の鍵を取り出した。
そこについている猫のキーホルダーは、やっぱり少女の持っているものと同じものに思えた。それを掌で隠すように握り締め、目の前の少女へと向き直る。
「……あの、名前、なんて言うんですか?」
ソファに座ったまま私の方を見ていた少女は誇らしげに、それでいてどこか遠慮がちに微笑む。
「あたしの名前は、國村笑」
チリン、と鳴った鈴の音はどちらのものだか分らなかった。

