「いや……」
「そう。ねえ、中に入っていい? 疲れちゃった」
そう言った彼女は、私の返事を待つつもりはなさそうだった。
身体をしならせて、少し斜めに傾いたスーツケースに体重を預けている。
ピカピカの、赤いスーツケース。その上には大きな、だいぶくたびれた黒いリュックサックが乗せられていて、スーツケースの取手の部分にリュックの紐が無理矢理引っかけられていた。
「ねえ鍵、持ってないの?」と声をかけられた。
「あ、ありますけど」
「本当? じゃあ開けて」
彼女は、私に道を譲るようにして玄関の前から自分の荷物を退けた。
スーツケースのタイヤが地面に擦れる音がする。
ガラガラ、ガラガラ。
その音は、私はがここまで引いてきたスーツケースよりも鈍く響いて、なんだか悲鳴のようだった。何が入っているんだろう、きっと重さが相当違うはずだ。
「……」
真っ赤なスーツケースの悲鳴を聞きながら、私は掌の中の鍵を、鍵穴に差し込んだ。
家の中にはクリーニングされた後の人工的な清潔さが漂っていて、私はちょっとだけ顔をしかめる。
たたきに靴を揃えて置くと、その隣に、右と左が喧嘩しているようなスニーカーが置かれた。向きが揃えられていないだけでなく、その靴紐の色も左右で違っている。
「……」
「うわー、広い」
「……あっ、待って、スーツケースの足を拭かないと」
「足?」
「タイヤ。たぶん、汚いと思いますよ」
「あー……あっ、じゃあ、スーツケースここに置いとくね」
面倒くさいと思ったのだろう。彼女はスーツケースを玄関へ置き去りにして、スーツケースの上に乗せていたリュックだけを手に、リビングへと向かった。
「えぇ……」
ここに放置しておくの、本当は嫌だけど、と思いながら、私は自分の持ってきたスーツケースを、真っ赤なスーツケースの隣に並べた。
(……あれ?)
隣に並べると、ふたつは全く同じ高さだった。それどころか、横幅も、スーツケース独特の表面の凹凸も、つまりはスーツケースそのものが全く同じものだった。
「色違い?」
私がここまで運んできたものは青色で、彼女が持っていた方は赤色だった。
(偶然?)

