「着いたぁ」
私は今、新居の前に立っている。
私の大学進学に合わせて、お父さんが購入した町外れの一軒家。
ついさっきさよならをした前の家よりも、一回りくらい大きなおうち。
前の家から新しい家まで、電車で片道四十分。ずっしりと重いスーツケースさえなければ、もっと早く着いたかもしれない。
(まあ、仕方ないか……)
ふう、と、小さく息を吐く。
「引っ越しをしよう」
と、突然告げたお父さんに、私は何も言わなかった。ううん、言えなかった。
異論も唱えず、賛成もせず。ただ黙ってお父さんを見ていた。
――ああ、お父さんはここにいるのが辛いんだろうなぁ、と思った。
「……」
そうしてやってきた新しい家の前に立ち、外からじっとその家を見つめる。
新しい家、と言っても新しく建てた家ではない。
誰か知らない人が建てて何年か住み、海外で暮らすことになったので、と手放した家をお父さんが買い取ったらしい。
子供の頃からずっと同じ家に住んでいた私にとって、この間まで他人が住んでいた家に住むというのは不思議な感じだった。私たちがさっきまで住んでいた家にもきっとそのうち誰かが住むようになるのだろうけれど。
(それってなんか……変な感じ)
しばらくその外壁を眺めて、それから、上着のポケットに指を滑らせた。
鍵を取り出す。鍵についている猫のキーホルダーの、首元にあしらわれた鈴が小さく音を立てた。
私はそのキーホルダーをきゅっと握り締め、玄関へ向かう。
「え?」
そこには、
(誰……?)
見知らぬ少女が立っていた。見知らぬ、だけど、どこかで見たことがあるような――
「誰?」
私の心を読んだみたいに、その少女はそう言った。
その子は、少女というには大人びていて、オンナというにはどこか頼りない表情をしていて。私よりも少しだけ年上のようだと思った。少しだけ年上で、すごく、危うくて、冷たい。
少女は、私に向かって、
「ねえ誰?」と、もう一度問いかけた。
私は思わず、言葉に詰まった。
前の住人だろうか。それとも、私が場所を間違えてしまったのだろうか。
「……えっと……」
何も、言えなかった。
だって、私にとってここは、何の縁もない知らない家で、その家の前に立っている彼女の方が、よっぽどこの家に似つかわしいように思えた。
「前にここに住んでた人?」
と聞いたのはやっぱり、私じゃなくて彼女の方だった。

