世界が青色にひっくり返る、たった一秒の奇跡――BLUE DIARYを抱きしめて――

コツッ。
ハルの背中に、軽い衝撃とともに小さな物体が当たって床に転がった。見落としようのない、シュンの使い古された消しゴムだった。
「……っ」
ハルが恐る恐る振り返ると、案の定、後ろの席のシュンが教科書で口元を隠しながら、腹を抱えて音を立てずに爆笑していた。その目は完全に「お前ら、授業中に何やってんの?」と語っている。
シュンは手元のノートの切れ端に、殴り書きした文字をハルに見せてきた。
『二人して耳まで真っ赤。バレバレ。現国の先生、こっち見てるぞ』
「ゲッ……!」
ハルが慌てて前を向くと、教壇の先生がメガネの奥の目を光らせながら、ちょうどハルとアオの席のあたりをじっと見つめていた。アオもそれに気づいたのか、大慌てでノートを閉じ、背筋をピンと伸ばして教科書を凝視している。その横顔は、まだ隠しきれない林檎のような赤さに染まったままだ。
「――では、次のページの『私』の心情について、ハル、読んでみろ」
「は、はいっ!」
ハルは弾かれたように立ち上がった。心臓のビートはさっきの筆談のせいで限界突破したままだし、頭の中はアオの書いた『私も』の3文字で完全にキャパオーバーしている。夏目漱石の文章が、まったく頭に入ってこない。
背後から、シュンが椅子の脚をトントンと叩いて、わざとらしくクスクスと笑う気配が伝わってくる。
(シュンの奴、マジで後で覚えてろよ……!)
心の中でそう毒づきながらも、ハルの胸の奥には、世界がひっくり返るほどの全能感が満ちあふれていた。
どんなにシュンにからかわれようと、先生に睨まれようと、もう関係ない。昨日までのグレーだった日常は完全に消え去り、僕たちの頭上には、最高に鮮やかな『Sunny day』の青空が広がっているのだから。
ハルは上ずりそうになる声を喉の奥で抑え、アオの綺麗な丸文字が残るノートを視界の端に捉えながら、現国の教科書を力強く読み始めた。