彼、西澤理人とは今日が初対面ではない。アパレル関連のパーティーで何度か顔を合わせ、挨拶をしたこともある。
けれど当たり障りない会話がほとんどで、それすらも彼は愛梨ではなく同行していた愛梨の父と話していただけに過ぎない。結婚を申し込まれている今も理人からは一切好意を感じないし、当然愛梨もそんな感情は持ち合わせていない。むしろ彼に苦手意識さえある。
愛梨の芳しくない反応は織り込み済みだったのか、理人は気にもとめずに話を続けた。
「先日、兄の結婚が決まったんです」
「……西澤社長のお兄さん、ですか?」
唐突に話が逸れた気がして、愛梨は目をまたたかせる。
(お兄さんがいたんだ。西澤社長が会社を継いでるし、てっきり長男だと思ってた)
疑問が顔に出ていたのか、理人は「兄は家業を継がず、今は外交官をしています」と説明を付け加えた。
「ずっと女性の気配もなかった兄の突然の結婚話に両親は大喜びで、次は俺の番だと期待しているんです。生憎そんな相手はいないのですが、結婚するのは悪くないと考えています。いまだに家庭を持って一人前という風潮はありますし、次々と舞い込んでくる見合い話や煩わしい誘いを断る理由にもなる。それに、どうもよくない噂があるらしくて、両親からだけでなく社内の重役たちからも結婚をせっつかれているんです」



