ある主婦の独白

ある主婦の独白


第一章

それは初夏の生暖かい風の吹く、午後の日差しが眩しいひと時
美智子は一人で、居間でテレビを見ていた。

部屋はまるで生活感がなく、燦然としていた。
キャビネットには赤ちゃんの写真が1枚飾ってあり
美智子に向かって微笑みかけているように見えた。

夫の敏明とは別居中である。出ていく時に1人息子であった翔の品物を
一切合切持っていてしまった。
写真はスマホからプリントした物だ。

テレビではワイドショーで中継が始まっている。
裁判所前からレポーターが喋り始めた。

「今前代未聞の裁判に判決が出ようとしています」

司会者が裁判の内容をこと細かく解説し始めた。

「ことの起こりは、半年前に世田谷区のマンションで起きた乳児の窒息死事故です」

美智子はあら私達のことだわ、そういえば今日判決がでるから
弁護士から出廷をお願いされていたっけ。
敏明は行っているのかしら。

司会者が続けた。

「乳児の死亡に関しては事故として扱われましたが、2ヶ月後夫が妻を民事で訴えると言うセンセーショナルなことが起こりました。

告訴状によりますと民法第709条不法行為責任による損害賠償請求です。

事故を起こしたのは妻が目を離したのが原因であり
母親の義務の放棄ということです。
その損害賠償ですが、驚くことに金銭ではなく亡くなった乳児の思い出の品
一式の所有権とお墓の所有権の請求です」

コメンテーターが答える

「普通はありえないと思いますが、夫婦の問題は他人には分かりませんから
ただ裁判が終わった後ご夫婦はどうされるのでしょうね」

それを聞いていた美智子は思った。
最初は敏明もいたわってくれていた。
それがある日突然ものすごい冷たい目で私を見るようになったと思ったら
出ていちゃってこの騒動だもの、訳がわからないわ。

司会者
「ここでご近所の声を拾ってみましたのでお聞きください」

近所の主婦A
「仲の良い夫婦だったのにこんなことになるなんて、信じられないわよね」

近所の主婦B
「きれいで品のいい奥さんでしたから、旦那さんにこんな仕打ちをされて本当にかわそう」

近所の主婦C
「あの旦那さんなんか神経質ぽかったわよね、奥様お子さんを亡くされたばかりなのにかわいそう」

そこにレポーターの声が飛び込んできた。

「判決が出ました。告訴は却下されました。金銭価値のない物
幼児の思い出の品を慰謝料とすることは認められない。
裁判所からは両親として、子の思い出をどう扱うかは改めて協議すべきであると言うコメント付きでした」
それを聞いた美智子は、1人つぶやいた。
「当たり前じゃない私は何も悪いことはしていない。本当にあれは事故だったあの子のことは可愛くてしょうがなかったわ。
敏明なんかにあの子思い出を全部持っていかれてたまるものですか」

敏明の記者会見が始まろうとしていた。

まず弁護士から

「今回の判決に関して依頼人から一言発言があります」

敏明
「このような判決が下されることは、ある程度予想はしていました。
これから弁護人と相談して上告するかどうか決めます」

質問の手が上がる
「予想できたのに、まだ上告を考えていらっしゃるのですか」

敏明
「彼女にはあの子の母親を名乗る資格はないと私は信じているからです」

質問者
「事故で子供を亡くした母親は皆母親失格ですか?」

敏明
「誰もそんなことは言っていません。これは彼女と私の問題です
他の方は関係ありません」

ここで弁護士が会見を終了させた。

結局上告はしなかったが、「父親の狂気が母性を奪う」としばらくはマスコミの話題となった。

―― 第一章・完 ――  続く