ヘビースモーカー
天草の海は、市内から少し車を走らせるだけで、景色が大きく変わる。澄み切った青空の下に、青い海がどこまでも広がっている。春の風はまだ少し冷たかったが、海岸に近づくにつれて、潮の香りが車の窓から入り込んできた。海岸に車を止める。
「着きましたね」
真美はそう言うと、シートベルトを外した。ドアを開けるなり、砂浜へ駆け出していく。
「真美さん、待って!」
私は慌てて後を追った。真美は振り返り、笑っている。まるで子どものような無邪気な笑顔だった。砂浜に足を取られながら、私は真美の後を追う。三十歳という年齢差が、ほんの一瞬だけ消えたような気がした。
「龍太郎さん、遅いですよ!」
「こっちは五十九歳なんだから!」
「じゃあ、頑張ってください!」
真美は笑いながら、さらに海の方へ走っていった。私は立ち止まり、青い空と海を見渡した。何年も頭の中で考え続けていた。どうすれば真美と仲良くなれるのか。どうすれば振り向いてもらえるのか。これは運命なのか。本当に何かの前兆なのか。でも、今はそんなことを考える必要はなかった。目の前に真美がいる。
それだけで十分だった。私はゆっくりと砂浜を歩き始めた。
「真美さん!」
振り返った彼女が笑った。その笑顔を見た瞬間、私は思った。魔法なんて、必要ないのかもしれない。この青い海と、この時間。それだけで、十分に奇跡だった。帰りの時間になった。助手席に座っていると、真美のスマホが鳴った。何気なく画面に目を向けると、そこには男の名前が表示されていた。真美は画面を見ると、少しだけ笑って、
「先輩です。バドミントンの」
と、それだけ言った。
「そうなんだ」
私は平静を装って答えた。けれど、胸の奥には小さなざわめきが残った。真美は明るくて、人付き合いもいい。きっと、俺が知らないところで彼女を想っている男は少なくないのだろう。真美は、ライバルが多そうだな。そんな考えが、ふと脳裏をよぎった。
真美には、魔法をかけた方がよさそうだ。もちろん、本物の魔法なんて使えるわけじゃない。でも、今日一日を一緒に過ごして、私は少しだけ分かった気がした。真美の心に残るような、何かを。それは、高価なプレゼントでも、気の利いた言葉でもない。ただ、もう一度会いたいと思ってもらえる時間を作ること。真美に、どんな魔法をかけようかと思案してると。付きましたよ。私の家の近くのコンビニだ。咄嗟に閃いた。「また遊びに行きますか」すると真美は「いいよ」心地よい返事をしてきた。そのあとに「今度、西野カナのライブに行くんだ」
「ひとりで」するとそうだよと、福岡まで行くそうだ。真美はライブに行くのが趣味らしい。車を降りて、真美の車が遠ざかるのを見送ってからコンビニの外でタバコに火をつけた。私は、ヘビースモーカーだ、吸わなくても全然平気だが、一度火をつけるとスパスパと吸ってしまう。タバコ吸うのが、真美にわかったら敬遠されるなと考えながら家に着いた。
天草の海は、市内から少し車を走らせるだけで、景色が大きく変わる。澄み切った青空の下に、青い海がどこまでも広がっている。春の風はまだ少し冷たかったが、海岸に近づくにつれて、潮の香りが車の窓から入り込んできた。海岸に車を止める。
「着きましたね」
真美はそう言うと、シートベルトを外した。ドアを開けるなり、砂浜へ駆け出していく。
「真美さん、待って!」
私は慌てて後を追った。真美は振り返り、笑っている。まるで子どものような無邪気な笑顔だった。砂浜に足を取られながら、私は真美の後を追う。三十歳という年齢差が、ほんの一瞬だけ消えたような気がした。
「龍太郎さん、遅いですよ!」
「こっちは五十九歳なんだから!」
「じゃあ、頑張ってください!」
真美は笑いながら、さらに海の方へ走っていった。私は立ち止まり、青い空と海を見渡した。何年も頭の中で考え続けていた。どうすれば真美と仲良くなれるのか。どうすれば振り向いてもらえるのか。これは運命なのか。本当に何かの前兆なのか。でも、今はそんなことを考える必要はなかった。目の前に真美がいる。
それだけで十分だった。私はゆっくりと砂浜を歩き始めた。
「真美さん!」
振り返った彼女が笑った。その笑顔を見た瞬間、私は思った。魔法なんて、必要ないのかもしれない。この青い海と、この時間。それだけで、十分に奇跡だった。帰りの時間になった。助手席に座っていると、真美のスマホが鳴った。何気なく画面に目を向けると、そこには男の名前が表示されていた。真美は画面を見ると、少しだけ笑って、
「先輩です。バドミントンの」
と、それだけ言った。
「そうなんだ」
私は平静を装って答えた。けれど、胸の奥には小さなざわめきが残った。真美は明るくて、人付き合いもいい。きっと、俺が知らないところで彼女を想っている男は少なくないのだろう。真美は、ライバルが多そうだな。そんな考えが、ふと脳裏をよぎった。
真美には、魔法をかけた方がよさそうだ。もちろん、本物の魔法なんて使えるわけじゃない。でも、今日一日を一緒に過ごして、私は少しだけ分かった気がした。真美の心に残るような、何かを。それは、高価なプレゼントでも、気の利いた言葉でもない。ただ、もう一度会いたいと思ってもらえる時間を作ること。真美に、どんな魔法をかけようかと思案してると。付きましたよ。私の家の近くのコンビニだ。咄嗟に閃いた。「また遊びに行きますか」すると真美は「いいよ」心地よい返事をしてきた。そのあとに「今度、西野カナのライブに行くんだ」
「ひとりで」するとそうだよと、福岡まで行くそうだ。真美はライブに行くのが趣味らしい。車を降りて、真美の車が遠ざかるのを見送ってからコンビニの外でタバコに火をつけた。私は、ヘビースモーカーだ、吸わなくても全然平気だが、一度火をつけるとスパスパと吸ってしまう。タバコ吸うのが、真美にわかったら敬遠されるなと考えながら家に着いた。



