おてんば令嬢と心を喪った騎士

「私は前の主人を守りきれなかった、騎士失格の男なのです」

 王城から伯爵家に戻る馬車の中。
 レオンはノエルに、己の過去について明かした。
 辛そうに、眉間にシワを寄せ、固く目を閉ざしている。

「ですから、エーデルワイス家に来たときに、道具として兵器としてお仕えすると決めておりました」

「……レオンは、前のご主人が大好きだったのね」

「……そう、かもしれませんね」

 ノエルの言葉に、そっと目を開けるレオン。
 顔を上げ、真紅の瞳がノエルを見つめた。
 無表情なのに、ノエルにはその目が悲しげに見えた。

「ですが、私はもう騎士を名乗れません。……何が王国最強の騎士だ……主人ひとり守れず、この手を滑り落ちていく……」

 レオンは自らの手を見下ろす。
 まるで、その手が血に濡れているかのように。
 歯を強く噛み締めて、両手をグッと握りしめた。

「……それでもね、こう言ったら怒られるかもしれないのだけど」

 ノエルは、静かにレオンに語りかける。
 ノエルの小さな手が、レオンの拳に触れた。
 己の手を包む令嬢の細い指に、レオンの瞳が揺れる。

「レオンはわたくしの騎士よ」

 ノエルの手が、再びレオンの背中を優しく撫でた。
 レオンは、心地よさそうに目を閉じる。
 馬車の中で、2人はしばらく無言で伯爵家への道を揺られていた。

 後日、2人はエーデルワイス伯爵とともに、再び王城へ呼ばれた。

「さて、フィリップとノエルの結婚式を豪勢に挙げるために色々話し合いをせんとな」

 上機嫌な国王。
 それとは反対に、伯爵は終始無言、無表情だ。
 ノエルは結婚に全く乗り気ではない。

「わたくしでなくても、魔法を使える女性なんて探せばいるのではないでしょうか」

「いるじゃろうな」

「では、なぜわたくしを?」

「治癒の魔法は、色々と使い勝手がいい」

「……ただの利用価値の問題ですのね」

「まるで結婚したくないと言いたげじゃな」

 国王は怪訝な顔をしていた。
 自分たち王家とつながりができれば、喜ばないものはいない。
 そんな無意識の傲慢さすら感じられる。

「ワシの息子に何の不満が?」

「フィリップ殿下について、よく存じ上げませんので」

「政略結婚というのはそういうものじゃ」

 国王は「この小娘は何を言っているのだ」と言いたげに憮然としていた。
 この国の貴族階級であれば、望まない相手との結婚などいくらでもある。
 互いの家の繁栄を目的としている以上、王家という最高権力者との結婚は、伯爵家にとって最良の条件だった。
 それに乗り気でないノエルが、国王には理解できない。

「伯爵はどういう教育をしたんじゃ?」

「父をけなすのは――」

「やめなさい、ノエル」

「お父様……」

 エーデルワイス伯爵はノエルを手で制し、目だけで「王に逆らうな」と示す。
 ノエルはそれを見て、口をつぐむしかない。
 口答えしなくなった小娘を見て、国王は満足そうに頷いた。

「まあ、フィリップについてはこれからお互いを知ればいいじゃろう」

 国王は王子に顔を向け、「フィリップから言うことはあるか?」と確認する。
 フィリップは口元に笑みを貼り付けていた。

「レオン・ローズブレイド」

「? はい」

「王国最強の騎士をエーデルワイス家から接収したい」

 王子の言葉に、ノエルは「っ!?」と声に出せないまま驚愕する。
 自分のみならず、レオンまで道具として扱われた憤怒で顔が真っ赤になった。

「おお、それは良い。ますます王家に力が集まる」

 国王は呑気に笑っている。
 フィリップに「よくぞ言った」と肩を軽く叩いていた。

「……レオン、ノエルについてやってくれ」

「……かしこまりました」

 伯爵に命じられて、レオンは敬礼する。
 伯爵とノエル、レオンはエーデルワイス家の邸宅に帰った。
 屋敷に入るやいなや、ノエルは「何よ、あの王様と王子様!」と悔しそうに毒づく。

「ノエル、あまり悪口を言ってはいけない」

「でも、お父様!」

「なぜお前の魔法がバレたのか忘れたか?」

 父親の言葉に、ノエルはハッと口を手で押さえた。
 ノエルの魔法を王家に通報した家庭教師は既に暇を出している。
 しかし、伯爵家の中に、王家に密通しているものがいる可能性は依然として存在していた。

「まあ、ノエルとレオンが離れ離れにならないのが幸いだよ」

 伯爵は優しい微笑みを浮かべている。
 ……自分のノエルへの好意は、伯爵に知られているのだろうか。
 レオンは、胸に手を当てたまま、顔を伏せていた。

「レオン、ノエルをよろしく頼む」

「……この命に変えてもお嬢様をお守りいたします」

 それは、レオンの新たな誓いだった。