おてんば令嬢と心を喪った騎士

 王城のパーティー会場では、招待客の貴族たちがざわめいている。
 国王と、ノエルをかばうために前に出たレオンの間には、ピリッとした緊張が走っていた。
 国王は眉間にシワを寄せ、レオンは相変わらずの無表情で国王を見ている。

「そなたは……レオン・ローズブレイドだったか」

「ご無沙汰しております、陛下」

「フン。今は伯爵家の犬になったか」

「……」

 国王が鼻を鳴らすが、レオンは無言で応えない。
 ノエルは、初めての王城、初めてのパーティー、初めての国王との謁見だ。
 無礼は許されないのに、勝手が全くわからず、動けない。

「レオン……」

「お言葉ですが、陛下」

 レオンは不安げな顔のノエルを背後に隠したまま、一歩前に出る。
 レオンは何を言い出す気なのだろう。
 ノエルは気が気でない。
 レオンが口を開く――。

「犬ではございません。道具、剣にございます」

「いや、そっち!?」

「犬は飼い主の手を噛むこともございましょうが、道具は持ち主を噛んだりいたしませんので」

「なんなの、あなたのそのこだわり」

「……まあ、なんでもよいが。気が削がれるのう……」

 レオンの予想外の発言に目を丸くするノエル。
 国王は呆れたようにため息をついた。
 レオンは何事もないように、平然としている。
 国王は「ノエル・エーデルワイス」と呼びかけた。

「は、はい」

「ワシの息子……王子フィリップの妃になれ」

「――え?」

 どよめくパーティー会場。
 ノエルも呆気にとられている。
 会場の貴族たちの慌てた声が聞こえた。

「伯爵令嬢が妃に!?」

「え、でも殿下には既に婚約者が……」

「お、お待ちください!」

 そこへ、1人の少女が歩み出る。
 少女のそばには騎士もついており、身分の高い女性なのだとわかる。
 その令嬢が、取り乱した様子で、国王に訴えた。

「私はフィリップ王子と婚約しているのに……!」

「ああ、そうだな。だから――」

 王子が冷徹な視線を婚約者の少女に向ける。
 次の王子の発言で、婚約者のみならず、ノエルもレオンも驚愕することになった。
 王子は、ニヤリと笑いながらこう言ったのだ。

「――お前とは婚約を破棄する!」

「!?」ノエルが手で口を覆った。

「……」レオンは目を見開き、王子の顔を見ている。

「ふ……ふざけないで!」

 婚約破棄を告げられた令嬢は、王子とノエルを憎悪のこもった目で睨みつけた。
 王子との婚約は、すなわち令嬢のお家の繁栄にも繋がるはずだ。
 それを破局に追い込まれて、ノエルを恨むなという方が難しい。

「私は絶対に認めない!」

「お嬢様……!」

 令嬢は完全に半狂乱だった。
 お付きの騎士が令嬢に寄り添う。
 元婚約者は騎士に命ずる。

「こんなパーティー、めちゃくちゃにしておしまい!」

 その命令に従い、騎士は腰の鞘から剣を抜いた。
 会場で暴れまわる騎士。
 貴族たちがパニックになって逃げ惑う。

「お嬢様、お下がりください」

 レオンも剣を抜いた。
 ノエルは恐怖で動けない。

「でも、レオン!」

「あの婚約者という女性……お嬢様に危害を加える可能性がございます」

「……!」

 レオンの読みは正しかった。
 元婚約者の令嬢は、ノエルを睨みつけている。

「あのノエル・エーデルワイスとかいう女を殺しなさい!」

 騎士が向かってくる。
 レオンはノエルを背後に隠したまま、剣を構えた。

「お嬢様、私から離れませんよう」

 騎士の振り回す剣を、レオンの剣が受け止めた。
 ガキィン! という金属音に、ノエルが肩を震わせる。
 騎士は猛攻と言えるほどの勢いで、何度もレオンに斬り掛かった。

「レオン・ローズブレイド……! そこをどけ!」

 騎士の剣の一撃一撃が、レオンの剣を叩き折ろうとするかのようだ。
 レオンは表情を崩すことなく、冷静に剣撃を受け止める。
 しかし、彼が攻め込む様子はない。

「そこの小娘さえいなければ、お嬢様は幸せになれたのに!」

 騎士の悲痛な叫び。
 令嬢の幸せを願っていたのだろう。
 レオンは、静かにこう返す。

「……本当にそうか?」

「なにッ……!?」

 レオンは己の剣で剣撃を弾くと、騎士の胴体を思い切り蹴飛ばした。
 騎士の身体が吹っ飛び、パーティー会場のテーブルをひっくり返す。
 貴族たちが退避したあとの、がらんとした会場に、鎧姿の騎士が転がっている。

「動くな」

「クソッ……!」

 レオンが騎士の喉元に剣を突きつけた。
 騎士は悲痛な表情で、床を拳で叩く。
 こうして、レオンたった1人で、暴走した騎士を鎮圧した。

「レオン・ローズブレイド、見事なり」

「流石、王国最強の騎士だ」

 国王と王子は、事の顛末を見届けて、拍手を送る。
 王子に至っては、ワインを片手に見物していたようだった。
 レオンは、何も言わない。

「レオン……?」

 ノエルは、自分のそばに戻ってきたレオンを見上げる。
 レオンは、やはり何も言わなかった。

「会場を破壊しようとした者には、のちに然るべき処罰を与える」

 国王が、そんな冷徹な処断をする。

「…………」元婚約者の令嬢は、青ざめた顔でうつむいていた。

「お嬢様……申し訳ありません」令嬢の騎士は目が潤んでいる。

「連れて行け」

 王子の命令を受け、王城の騎士団が2人を連行していく。

「パーティーはここでお開きだ」

 王子の言葉に、国王も頷く。

「ノエル・エーデルワイスとフィリップの結婚については、後日改めて打ち合わせを行う」

 ノエルとレオンは、伯爵家に戻ることにした。
 馬車の中で、ノエルは窓から外を見つめている。

「……わたくしのせいで、あの女の子は……」

 ――でも、ノエルが何をしたというのだろうか?
 彼女は魔法を秘匿し、それが暴かれた結果、王子に求婚された。
 ノエル自身、王子との結婚には気が進まない。

「ねえ、レオン。わたくし、これからどうしたら――」

 レオンに目を向ける。
 レオンは拳を握りしめていた。
 その拳は、小刻みに震えている。

「……レオン? どうかした?」

「……何のことでございましょうか」

「なにか辛そうだったから」

「道具に、辛い感情など……」

 レオンはそう言うが、眉間にシワを寄せ、暗い顔をしている。
 明らかに無表情の仮面が崩れ始めていた。

「……いえ。私は、道具になりきれませんでしたね」

 ノエルは、レオンの背中をそっと撫でている。

「私は、恐ろしいのです」

 レオンの声は、絞り出すようだった。

「もう、主人を失いたくない……」

 レオンの過去が、明らかになろうとしている。