「魔法……お嬢様が?」
小鳥が空高くに羽ばたいていく。
ノエルの指からは、まだ小鳥の傷を癒した緑色の魔力の残像があった。
レオンは、目の前で見た奇蹟を、まだ信じきれずにいる。
魔法、とは。
この世界には、『魔法』と呼ばれる秘蹟を行使できる人間が存在する。
炎や雷など、自然現象を操るもの。
予言や呪いなどを扱うもの。
そして――ノエルのように、他人の傷や病を癒せるもの。
レオンの目の前で、ノエルは、ただ静かに微笑んでいる。
「しかし、エーデルワイス家は魔法が使える血統ではないはずでは……」
レオンが動揺するのももっともであった。
魔法が使えるのは王族や特別な血族など、ごく一部に限られている。
そして、エーデルワイス伯爵家は、そういった血は引いていない。
「そうね。わたくしは突然変異のようなものなのでしょう」
「……お父君は、お嬢様が魔法を使えることを王家に申告していない、ということでしょうか」
この国では、王家が魔法使いを管理している。
魔法が使える人間は判明した時点で王家に報告しなければならない。
その義務を果たさなかったものには厳罰が待っていた。
「お父様は、わたくしが王家に『徴収』されるのを恐れている」
「徴収……」
「それで、わたくしは、こうして『箱入り娘』になっているというわけ」
――ノエルの自由意志はどこにもない。
レオンは『徴収』という言葉に、微かに眉をひそめる。
これが、ノエル・エーデルワイスが屋敷に幽閉されて出られない理由。
「レオン。あなたは私のことを王家に報告する?」
「……」
ノエルの問いかけに、レオンは黙り込む。
その無表情は、何を考えているのか分からない。
それでも、ノエルはレオンなら報告しても構わないと思っていた。
彼女にとっては『初めての友人』がそう決断しているのなら、それを尊重したい。
……レオンは『友人』であることを否定するけれど。
「お嬢様が望むならそうします」
「え?」
ノエルはレオンの返答に、一瞬反応が遅れた。
彼女が顔を上げると、レオンは相変わらずの仏頂面である。
しかし、少なくとも、その紅の瞳に悪意は感じられない。
「私はお嬢様の道具です。道具は持ち主の意向に従うものです」
「報告しないと処罰されるのに?」
「道具が処罰を恐れるでしょうか?」
レオンはキョトンと首を傾げた。
まるで、当たり前のように。
王家の意向に逆らうと、この男は言ってのけたのだ。
「道具が恐れるのは、持ち主がいなくなることです」
「……ふふ。あなたってブレないわね」
ノエルは思わず吹き出してしまった。
レオンのそれが彼なりの優しさなのかは分からない。
彼の言う通り、道具として忠実に従っているだけかもしれない。
……それでも、レオンはノエルの味方でいてくれる事実は変わらない。
「じゃあ、このことは、わたくしたちの秘密よ」
「承知いたしました」
ノエルが小指を立てて、レオンに差し出す。
レオンは、その小指に、自らのそれを絡めた。
少女と騎士は指切りを交わす。
2人の間の秘密の約束。
――しかし、翌日。
ノエルの父――エーデルワイス伯爵は、王城に呼び出された。
「我が家に娘はおりません」
「隠し立ては無用である。貴殿の雇った家庭教師の報告で判明している」
「……!」
国王の言葉に、伯爵は背中に嫌な汗が伝っているのを自覚する。
レオンとノエルが約束をしている場面を、家庭教師が目撃したのだ。
国王は、伯爵が厳罰を免れる代わりに、ある要求をした。
「貴殿の娘を王城の舞踏会に出席させるように。これは王命である」
「……」
伯爵はうなだれる。
これ以上、隠し通せない。
馬車に揺られながら、呆然と前を向いていた。
屋敷に戻ると、ノエルを呼ぶ。
「ノエル、今度、パーティーに行こう」
「あら、お父様。箱入り娘はおしまい?」
「もう隠し事はできない」
伯爵は、娘に事情を打ち明けた。
レオンも傍でその話を聞いている。
ノエルは静かに「……そう」とうなずいた。
「じゃあ、レオン。一緒に行きましょう」
「家庭教師への処遇はいかが致しましょうか」
レオンの紅の目が、部屋の隅で立ち尽くしている家庭教師に向く。
家庭教師は、青ざめた顔でブルブルと震えていた。
レオンが、ゆっくりと鞘から剣を抜く。
「ご命令とあらば、剣の錆にいたしますが」
「そんなの、必要ないわよ」
ノエルが首を横に振った。
レオンの剣は、鞘から半分ほど出たところで止まる。
彼の目は、ずっと家庭教師を見ていた。
「魔法を使える人間を見つけたら、王家に報告するのが義務。先生はそれに従っただけ」
「……かしこまりました」
スッと、剣を鞘に戻す。
家庭教師は、耐えきれなくなったのか、部屋から逃げ出した。
伯爵は「あとで彼女と話をしておく」とだけ言う。
「パーティー、楽しみね、レオン?」
「道具が楽しむ必要はありません」
「もう、またそんなこと言って! あなたも美味しいものをちゃんと食べなさい」
――王城・舞踏会会場。
門番に招待状を見せて、中に入る。
綺麗にドレスアップしたノエルは、初めてのパーティーにキョロキョロしていた。
レオンは、変わらず漆黒の鎧に身を包んでいる。
「見ろ、レオン・ローズブレイドだ」
「本当に王国最強の騎士が伯爵家についているのか」
会場の貴族たちが噂話を始めた。
貴族の娘たちは、見目麗しいレオンを見て、「パパ、あの騎士欲しい!」と色めき立つ。
当のレオン本人は一向に意に介していない。
「レオンってけっこう有名人なのね?」
「もったいないことです」
ノエルの言葉に、レオンは目を閉じて一礼した。
2人は、国王の前に歩み出る。
深々と一礼すると、国王の目がノエルを捉えた。
「ノエル・エーデルワイスだな」
「お初にお目にかかります、陛下」
「なぜ、魔法を使えるのに今まで姿を現さなかったのだ」
国王の声には不機嫌が滲んでいる。
レオンの目に、警戒の色が宿った。
国王はノエルを責めるような言葉を続ける。
「そなた、18歳であろう。その歳まで王家から隠し通したとは、我らも侮られたものだ」
「お言葉ですが陛下」
レオンがノエルをかばうように、腕を伸ばしてノエルを背後に隠した。
国王はレオンを睨みつける。
「なんだ、貴様は。ワシの言葉を遮るとは不敬な」
国王とレオンの間に、ピリッとした緊張が走る――。
会場の誰もが、その成り行きを見守っていた。
小鳥が空高くに羽ばたいていく。
ノエルの指からは、まだ小鳥の傷を癒した緑色の魔力の残像があった。
レオンは、目の前で見た奇蹟を、まだ信じきれずにいる。
魔法、とは。
この世界には、『魔法』と呼ばれる秘蹟を行使できる人間が存在する。
炎や雷など、自然現象を操るもの。
予言や呪いなどを扱うもの。
そして――ノエルのように、他人の傷や病を癒せるもの。
レオンの目の前で、ノエルは、ただ静かに微笑んでいる。
「しかし、エーデルワイス家は魔法が使える血統ではないはずでは……」
レオンが動揺するのももっともであった。
魔法が使えるのは王族や特別な血族など、ごく一部に限られている。
そして、エーデルワイス伯爵家は、そういった血は引いていない。
「そうね。わたくしは突然変異のようなものなのでしょう」
「……お父君は、お嬢様が魔法を使えることを王家に申告していない、ということでしょうか」
この国では、王家が魔法使いを管理している。
魔法が使える人間は判明した時点で王家に報告しなければならない。
その義務を果たさなかったものには厳罰が待っていた。
「お父様は、わたくしが王家に『徴収』されるのを恐れている」
「徴収……」
「それで、わたくしは、こうして『箱入り娘』になっているというわけ」
――ノエルの自由意志はどこにもない。
レオンは『徴収』という言葉に、微かに眉をひそめる。
これが、ノエル・エーデルワイスが屋敷に幽閉されて出られない理由。
「レオン。あなたは私のことを王家に報告する?」
「……」
ノエルの問いかけに、レオンは黙り込む。
その無表情は、何を考えているのか分からない。
それでも、ノエルはレオンなら報告しても構わないと思っていた。
彼女にとっては『初めての友人』がそう決断しているのなら、それを尊重したい。
……レオンは『友人』であることを否定するけれど。
「お嬢様が望むならそうします」
「え?」
ノエルはレオンの返答に、一瞬反応が遅れた。
彼女が顔を上げると、レオンは相変わらずの仏頂面である。
しかし、少なくとも、その紅の瞳に悪意は感じられない。
「私はお嬢様の道具です。道具は持ち主の意向に従うものです」
「報告しないと処罰されるのに?」
「道具が処罰を恐れるでしょうか?」
レオンはキョトンと首を傾げた。
まるで、当たり前のように。
王家の意向に逆らうと、この男は言ってのけたのだ。
「道具が恐れるのは、持ち主がいなくなることです」
「……ふふ。あなたってブレないわね」
ノエルは思わず吹き出してしまった。
レオンのそれが彼なりの優しさなのかは分からない。
彼の言う通り、道具として忠実に従っているだけかもしれない。
……それでも、レオンはノエルの味方でいてくれる事実は変わらない。
「じゃあ、このことは、わたくしたちの秘密よ」
「承知いたしました」
ノエルが小指を立てて、レオンに差し出す。
レオンは、その小指に、自らのそれを絡めた。
少女と騎士は指切りを交わす。
2人の間の秘密の約束。
――しかし、翌日。
ノエルの父――エーデルワイス伯爵は、王城に呼び出された。
「我が家に娘はおりません」
「隠し立ては無用である。貴殿の雇った家庭教師の報告で判明している」
「……!」
国王の言葉に、伯爵は背中に嫌な汗が伝っているのを自覚する。
レオンとノエルが約束をしている場面を、家庭教師が目撃したのだ。
国王は、伯爵が厳罰を免れる代わりに、ある要求をした。
「貴殿の娘を王城の舞踏会に出席させるように。これは王命である」
「……」
伯爵はうなだれる。
これ以上、隠し通せない。
馬車に揺られながら、呆然と前を向いていた。
屋敷に戻ると、ノエルを呼ぶ。
「ノエル、今度、パーティーに行こう」
「あら、お父様。箱入り娘はおしまい?」
「もう隠し事はできない」
伯爵は、娘に事情を打ち明けた。
レオンも傍でその話を聞いている。
ノエルは静かに「……そう」とうなずいた。
「じゃあ、レオン。一緒に行きましょう」
「家庭教師への処遇はいかが致しましょうか」
レオンの紅の目が、部屋の隅で立ち尽くしている家庭教師に向く。
家庭教師は、青ざめた顔でブルブルと震えていた。
レオンが、ゆっくりと鞘から剣を抜く。
「ご命令とあらば、剣の錆にいたしますが」
「そんなの、必要ないわよ」
ノエルが首を横に振った。
レオンの剣は、鞘から半分ほど出たところで止まる。
彼の目は、ずっと家庭教師を見ていた。
「魔法を使える人間を見つけたら、王家に報告するのが義務。先生はそれに従っただけ」
「……かしこまりました」
スッと、剣を鞘に戻す。
家庭教師は、耐えきれなくなったのか、部屋から逃げ出した。
伯爵は「あとで彼女と話をしておく」とだけ言う。
「パーティー、楽しみね、レオン?」
「道具が楽しむ必要はありません」
「もう、またそんなこと言って! あなたも美味しいものをちゃんと食べなさい」
――王城・舞踏会会場。
門番に招待状を見せて、中に入る。
綺麗にドレスアップしたノエルは、初めてのパーティーにキョロキョロしていた。
レオンは、変わらず漆黒の鎧に身を包んでいる。
「見ろ、レオン・ローズブレイドだ」
「本当に王国最強の騎士が伯爵家についているのか」
会場の貴族たちが噂話を始めた。
貴族の娘たちは、見目麗しいレオンを見て、「パパ、あの騎士欲しい!」と色めき立つ。
当のレオン本人は一向に意に介していない。
「レオンってけっこう有名人なのね?」
「もったいないことです」
ノエルの言葉に、レオンは目を閉じて一礼した。
2人は、国王の前に歩み出る。
深々と一礼すると、国王の目がノエルを捉えた。
「ノエル・エーデルワイスだな」
「お初にお目にかかります、陛下」
「なぜ、魔法を使えるのに今まで姿を現さなかったのだ」
国王の声には不機嫌が滲んでいる。
レオンの目に、警戒の色が宿った。
国王はノエルを責めるような言葉を続ける。
「そなた、18歳であろう。その歳まで王家から隠し通したとは、我らも侮られたものだ」
「お言葉ですが陛下」
レオンがノエルをかばうように、腕を伸ばしてノエルを背後に隠した。
国王はレオンを睨みつける。
「なんだ、貴様は。ワシの言葉を遮るとは不敬な」
国王とレオンの間に、ピリッとした緊張が走る――。
会場の誰もが、その成り行きを見守っていた。



