おてんば令嬢と心を喪った騎士

「レオン! こっちこっち~!」

「お嬢様、屋敷の中は走ってはなりません」

 ノエルとレオンは相変わらず一緒に遊んで過ごしている。
 貴族令嬢というものは大抵暇を持て余しているもの。
 ノエルに至っては外出を禁じられているので、その退屈は並みの令嬢の比ではない。
 ゆえに、レオンを巻き込んで屋敷中を遊び場にしている。

 屋敷の中や庭で鬼ごっこ。
 ときにはおままごと。
 厨房に乗り込んで、料理人と一緒にお菓子作り。
 それにレオンが一緒についてくる。

「ねえ、こんなにたくさん遊んだら、わたくしたち、もう友達じゃないかしら!」

「いえ、私はただの遊び道具です」

「あなたって、けっこう強情よね!」

 レオンの無表情にも、ノエルは機嫌を損ねることなく、愉快そうに笑っていた。
 レオンは、そんなノエルに対し、眩しいものでも見るように、目を細める。
 彼は、常々抱いている疑問を口にした。

「……お嬢様は、街にはお出かけにならないのですか」

 ノエルが、レオンの言葉に、ピタッと動きを止める。
 彼女はレオンを振り返って、じっと見つめた。
 レオンは賑やかな令嬢が急に静かになり、不審に思いながら言葉を続ける。

「お嬢様の退屈しないものが街にはいくらでもありそうですが」

「この屋敷からは出ることを許されていないから」

「それが不可解です。お嬢様は別に病弱というわけでもないのでしょう」

 レオンの当然の疑問に、ノエルは困ったように笑うのみだった。
 レオンは、なにか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がする。
 ノエルは少しうつむいて、しかし黙っていた。

「必要とあらば、この剣も護衛として共に――」

「レオンがいてもダメなの。わたくしは屋敷から一生出られない」

 一生、出られない。
 そんな重みのある言葉が飛び出して、レオンは言葉に窮する。
 無表情で押し黙った。

「……私では、お嬢様に不足ですか」

「そういう意味じゃないわよ」

 ノエルは、やはり、困ったような笑みのまま。
「ただ……」そう言いかけて、言葉を切る。
 彼女の視線は、庭に釘付けになっていた。
 庭先に、なにかがピクピクと痙攣しながら落ちている。

「あれ、何かしら」

「お嬢様、私の後ろに」

 不審物を見て、レオンは警戒の色を見せた。
 ノエルを背後に隠しながら、ゆっくりと近寄る。
 その不審物の正体が判明した時、ノエルがレオンの後ろから出てきた。

「……小鳥?」

「翼をやられていますね。猫でしょうか」

「治療して、また野に放してあげましょう」

 ノエルが怪我をした小鳥を、両手で拾い上げる。
 獣にやられたような傷から流れ出る血が、ノエルの手に付着した。
 レオンは、無性にそれが嫌な気分になる。

「いえ、その傷ではもう助からないかと」

「大丈夫」

 ノエルは短く、そう答えた。
 彼女が小鳥を凝視すると――。
 指先から緑色の魔力が滲んでくる。
 レオンは目を見開いた。
 魔力は小鳥を包み、傷を塞いでいく。
 傷を癒された小鳥は、むくりと起き上がると、令嬢の手から飛び立っていった。
 ノエルは、小鳥が大空に羽ばたいて、見えなくなるまで見送る。

「――。お嬢様、それは」

「わたくしが箱入りになった理由よ」

 令嬢は、己の手を見つめた。
 スッと、緑色の魔力が薄くなって消えていく。
 魔力の消えた手を、軽く握る。

「――わたくしは、『魔法』が使えるの」