ノエル・エーデルワイスは、おてんば令嬢である。
幼い頃から、屋敷で幽閉生活を送っていても、広い敷地を駆け回っていた。
父親も使用人も手を焼くじゃじゃ馬であるが、それでも彼らから愛されている。
「レオン! 一緒に遊んで!」
「ご命令とあらば」
ノエルのお願いに、恭しく従うレオン。
18歳のわりに子どものように無邪気な命令である。
24歳の騎士は、無表情のまま目だけを細めた。
「木登りするのを手伝って」
「……それは危ないのでは」
屋敷の庭に出て、ノエルから下された命令がそれだった。
レオンの自認は道具であるが、主人が危険なことをするのであれば、止めたほうが良かろう。
意見を言うのは恐れ多いが、一応進言はする。
「命令なら聞くんでしょう?」
「……承知いたしました」
レオンはあっさり折れた。
命令と言われると弱い。
彼は、「念のためにお伺いしたいのですが、木に登りたい理由は何でしょうか?」と尋ねる。
「あの高いところに降りられない猫ちゃんがいるの」
「……それは、お嬢様が登るよりも私が」
「鎧を着てて、木を登れるの?」
「道具にできないことはございません」
レオンは、道具を自称するわりには、それなりのプライドがあった。
主人の命令を遂行するための能力はある。
ノエルは「すごいわね」と、純粋に称賛した。
「でも今回は私が登るわね。高いところから街を見たいから」
「私に選択肢がございませんね」
「命令に従うってそういうことよ」
「……そう、でございますね」
レオンが自分でそうあろうとした結果である。
語るに落ちる。
ノエルは、ドレスのスカートをたくし上げ、服が汚れるのも構わず、木によじ登り始めた。
「もう大丈夫よ、猫ちゃん。さあ、わたくしのほうにいらっしゃい」
木から降りられなくなった子猫に語りかける。
猫に向かって、手を伸ばすノエル。
子猫は彼女を一瞥し――。
――普通に木の枝から飛び降りた。
地面に着地すると、そのまま歩いて去っていく。
「……」
「……」
ノエルとレオンの間に、静寂が降りた。
猫は、別に木から降りられないわけではなかった。
そして、別の問題が発生することになる。
「レオン、命令よ。助けて、木から降りられない」
「お嬢様、私が受け止めますので、そのまま落ちてください」
ノエルは木の枝に抱きつく格好でしがみつき、プルプルと震えていた。
彼女のいる位置から地面までは1メートルほどある。
地面の土は柔らかく、落ちても大怪我をするほどではないが、下を見下ろすと動けなくなる。
レオンがノエルを受け止めようと、腕を広げた。
「レオン、あなたを信じていいのね?」
「もちろんでございます。道具の誇りにかけて、無事に受け止めてみせましょう」
ノエルは、恐怖に耐えながら、レオンに託すことにする。
フッと力を抜いて、木の枝から腕を放し、レオンの腕の中に落ちていった。
レオンがノエルの落ちる位置に、腕を伸ばす――。
ぽすっと、レオンの腕の中にノエルが収まった。
レオンは、すぐにノエルを地面に下ろして立たせる。
「痛むところはございませんか」
「大丈夫。助かったわ」
レオンがノエルのドレスをチェックする。
無表情の眉間に、少しシワが寄った。
「木の皮が付着しているのを確認。ところどころ、木に引っかかってドレスもほつれております」
「木登りをしたらまあ、仕方ないわね」
「小間使に指示して、服を直してもらいましょう」
「そうね」
レオンはノエルに屋敷内に戻るように促す。
ふと、疑問に思ったことを口にした。
「そういえば、お嬢様」
「どうしたの?」
「高いところから街を見たいとおっしゃっていましたが、それどころではありませんでしたね」
ノエルが足を止める。
「そうだったわ。私、猫ちゃんも助けたかったけど、街を見たかったのよ。もう一度登りましょう」
「お嬢様、危のうございます」
「レオンが受け止めてくれるから安心ね」
「お嬢様」
レオンがノエルを説得するのに苦心したのは言うまでもない。
幼い頃から、屋敷で幽閉生活を送っていても、広い敷地を駆け回っていた。
父親も使用人も手を焼くじゃじゃ馬であるが、それでも彼らから愛されている。
「レオン! 一緒に遊んで!」
「ご命令とあらば」
ノエルのお願いに、恭しく従うレオン。
18歳のわりに子どものように無邪気な命令である。
24歳の騎士は、無表情のまま目だけを細めた。
「木登りするのを手伝って」
「……それは危ないのでは」
屋敷の庭に出て、ノエルから下された命令がそれだった。
レオンの自認は道具であるが、主人が危険なことをするのであれば、止めたほうが良かろう。
意見を言うのは恐れ多いが、一応進言はする。
「命令なら聞くんでしょう?」
「……承知いたしました」
レオンはあっさり折れた。
命令と言われると弱い。
彼は、「念のためにお伺いしたいのですが、木に登りたい理由は何でしょうか?」と尋ねる。
「あの高いところに降りられない猫ちゃんがいるの」
「……それは、お嬢様が登るよりも私が」
「鎧を着てて、木を登れるの?」
「道具にできないことはございません」
レオンは、道具を自称するわりには、それなりのプライドがあった。
主人の命令を遂行するための能力はある。
ノエルは「すごいわね」と、純粋に称賛した。
「でも今回は私が登るわね。高いところから街を見たいから」
「私に選択肢がございませんね」
「命令に従うってそういうことよ」
「……そう、でございますね」
レオンが自分でそうあろうとした結果である。
語るに落ちる。
ノエルは、ドレスのスカートをたくし上げ、服が汚れるのも構わず、木によじ登り始めた。
「もう大丈夫よ、猫ちゃん。さあ、わたくしのほうにいらっしゃい」
木から降りられなくなった子猫に語りかける。
猫に向かって、手を伸ばすノエル。
子猫は彼女を一瞥し――。
――普通に木の枝から飛び降りた。
地面に着地すると、そのまま歩いて去っていく。
「……」
「……」
ノエルとレオンの間に、静寂が降りた。
猫は、別に木から降りられないわけではなかった。
そして、別の問題が発生することになる。
「レオン、命令よ。助けて、木から降りられない」
「お嬢様、私が受け止めますので、そのまま落ちてください」
ノエルは木の枝に抱きつく格好でしがみつき、プルプルと震えていた。
彼女のいる位置から地面までは1メートルほどある。
地面の土は柔らかく、落ちても大怪我をするほどではないが、下を見下ろすと動けなくなる。
レオンがノエルを受け止めようと、腕を広げた。
「レオン、あなたを信じていいのね?」
「もちろんでございます。道具の誇りにかけて、無事に受け止めてみせましょう」
ノエルは、恐怖に耐えながら、レオンに託すことにする。
フッと力を抜いて、木の枝から腕を放し、レオンの腕の中に落ちていった。
レオンがノエルの落ちる位置に、腕を伸ばす――。
ぽすっと、レオンの腕の中にノエルが収まった。
レオンは、すぐにノエルを地面に下ろして立たせる。
「痛むところはございませんか」
「大丈夫。助かったわ」
レオンがノエルのドレスをチェックする。
無表情の眉間に、少しシワが寄った。
「木の皮が付着しているのを確認。ところどころ、木に引っかかってドレスもほつれております」
「木登りをしたらまあ、仕方ないわね」
「小間使に指示して、服を直してもらいましょう」
「そうね」
レオンはノエルに屋敷内に戻るように促す。
ふと、疑問に思ったことを口にした。
「そういえば、お嬢様」
「どうしたの?」
「高いところから街を見たいとおっしゃっていましたが、それどころではありませんでしたね」
ノエルが足を止める。
「そうだったわ。私、猫ちゃんも助けたかったけど、街を見たかったのよ。もう一度登りましょう」
「お嬢様、危のうございます」
「レオンが受け止めてくれるから安心ね」
「お嬢様」
レオンがノエルを説得するのに苦心したのは言うまでもない。



