モテ男とデキ女の奥手な恋


 しばらく互いの温もりを確認して、人心地ついた後、いつも通り俺がコーヒーを煎れることにした。
「あー、やっぱりおいしい。何が違うのかなぁ。真似してるのにうまくいかないのよね」
「そりゃ、あれだろ。愛だろ」
「私への?」
「違ぇよ。コーヒーへの」
 冗談めかして問う橘に、俺も冗談を返す。橘はなるほどねと笑った。
「で、昨日の着信は何だったの」
「あー、あれぇ?」
 橘はコーヒーに口をつけながら、話したくなさそうにちらりと俺を見た。
 俺は黙って先を促す。
「元カレがね。また来てたの」
 諦めたような橘の話に、俺は眉を寄せた。
「もう終わってるのよ。そう何度も言ってるのに。……神崎とこうなってからは、もう連絡もできないようにロックしたし」
 でも家の前まで来られちゃね、と苦笑した。
「大丈夫だったのか?」
「ああ、うん。強引って訳じゃないのよ。なんていうか、甘えたちゃんだから。ーーでも、それも私がそうしちゃったのかもしれない」
 カップをゆるゆると回す自分の手元を見ながら、橘は話した。
「私、ついついあれこれ世話焼いちゃうのよね。こうしたら喜ぶかなとか、彼女だからこうしてあげたいとか、そんなふうに。そうしてる内に、彼氏が自分で何もできなくなっちゃうの。ダメンズ製造機なのかも」
 俺は首を傾げる。
「まあ、分かる部分が半分、分からない部分が半分」
 橘はコーヒーを口に含みながら、視線だけで、理由を述べろと俺に示した。
「いきなり部屋着出てくるとこ」
 橘は途端に目を反らす。
「そういうのだろ。お前が言うついついやっちゃうことって」
「……まあ、ソウデスネ」
 その頬は羞恥のためか赤い。
「でも、お前そんな何でもできる訳じゃないだろ。メシ作るのもお茶煎れるのも俺のが上手い」
 橘が睨みつけてきた。
「わ、私のご飯食べたことないくせに」
「何食いたいか聞いてキノコとか言う奴が、マトモに献立立てられると思えない」
 俺があっさり反論すると、ぐっと言葉に詰まって俯いた。
「まあ、そんな話はともかく」
 俺は嘆息しながら橘の髪を撫でた。パーマをかけていない髪はさらさらして気持ちがいい。これ一つとっても、橘は今まで何かともったいない努力をしていたんじゃないかという気がする。
「元カレは諦めて帰ったのか?」
「うん。はっきり言ったから。ーー今まで曖昧にしてた私も悪かったんだな、って思った」
 橘は嘆息した。
「転職したんだって。経営コンサルタント。私と同じくらいか、それ以上に稼げる仕事についたから、結婚を前提にやり直そうって」
「……揺れなかったのか?」
「全っ、然」
 橘は首をはっきりと横に振ってから、俺の顔を覗き見た。
「揺れてもよかった?」
「……あんまり、よくないけど」
 俺がごにょごにょと言うと、橘はくすりと笑う。
「肩書が多少立派になったって、元カレの中身は分かってるもん。神崎の方が断然優良物件」
「……そうかな」
 俺は嘆息混じりに言った。国内最優秀と言われる大学を卒業し、経営コンサルタントとして働く男と比べて、自分がそんなにお買い得とは思えないが。
「きっともう来ることはないと思う。心配しないで」
「……まあ、そうだといいけど」
 橘は笑ってそう言うが、そのまま素直に受け止め切れず、俺は曖昧に頷いた。