俺は橘のベッドで目覚めて、隣に眠る姿を見ながら嘆息した。
完全に流された。こんな奴、抱く気なかったのに。
眠る橘の顔は起きている時よりも穏やかで幼く見えた。
留学の関係で大学に5年生まで在学していた俺より、一つ年下の31歳のはずだ。
唇に髪が張り付いている。手を伸ばしてゆっくりはがすと、橘がくすぐったそうに身をよじった。
時計を見る。7時半。しっかり寝てしまった。
俺はそろりとベッドを抜け出て、昨日の服を身につけようと手を伸ばす。
気持ち悪いが、仕方ない。
本当は昨晩の内に帰ろうとしたのだが、橘が離してくれなかったのだ。
説得を試みているうちに橘がまどろみはじめ、俺も身体を包み込む柔らかさに負けて眠ってしまった。
「やだ」
服を手に取ったとき、いつのまにか起きていたらしい橘が俺の背に抱き着いた。柔らかい胸が背中に当たる。
「何が、嫌だよ」
俺は胸の前に回された橘の手を解こうと掴んだ。
が、橘がするりと指を滑り込ませて、手を繋がれる。
おいおい。俺は帰るんだって。
「たち……」
「やーだー」
橘がさらに腕に力を込めた。
すりすりと頬を背に寄せて来る。
俺は深々と息を吐き出した。
「お前、キャラ変わってんぞ」
「いいのー。これも私だもーん」
本格的に壊れたんじゃないかと思うような幼いテンポで、橘が返してくる。
帰りたい。帰らねば。何か用事を……
俺の電話が着信を告げた。
ナイスタイミング!
橘の腕を解き、コートのポケットから取り出したそれを耳に当てる。
「もしもし?」
裸で出て行くことはないと思ったのだろう、橘がスウェットを身につけてお湯を沸かしはじめた。
電話は母からだった。
さすがに全裸で電話するのも気が引けて、腰回りにシャツを巻きながらベッドに腰掛ける。
『あら、今日は早いのね』
「あー、まあ。……で、何?」
『年末年始って、あんたどうするの。帰ってくるの?』
問われて考えたが、特段予定もない。
「今のところ予定ないけど。急に飲みに誘われたらそっち行くかも」
実家は鎌倉だ。都内に通勤できないことはないが、一人暮らしの方が気楽なこともあり、日頃は都内に住んでいる。
『2日にね、香子ちゃんが来るのよ。あんたも会ったんでしょ』
「香子ちゃん?ああ、鈴木さんね」
『鈴木さんだなんて、他人行儀な!もうすぐ一緒の苗字になるんだから』
どっちの苗字かはわかんねぇけどな。
母の言葉に、心中で返す。
弟の隣でハキハキ話していた彼女の姿を思い出し、思わずにやついた。あの子は見ていて面白い。
「それなら、帰ろうかな。2日な?」
『そう、2日』
分かった、と言いかけたとき、台所からガッシャンという音と、きゃあという悲鳴が聞こえた。
「おい、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ると、橘がへにゃりと微笑む。
「うん、ごめん。大丈夫」
湧いた湯を保温ポットに移そうとしたら、ポットが倒れたらしい。
電話の向こうで母が呆れた声を出した。
『あんたまた女の子連れ込んでんの?』
人聞きの悪いことを。俺は自分の部屋には彼女しか入れない主義だぞ。
「そんなんじゃねぇよ」
どっちかといえば俺は連れ込まれた方だ。
『女遊びもほどほどになさいよ。いつ刺されても文句言えないわよ、あんた』
「息子に向かって冷たいんじゃないの」
『隼人が言ってたわよ。兄貴はその気になればすぐ結婚するだろうって。その気がないだけだろうって』
俺は嘆息した。
「早々に運命の人と出会っちゃった、幸運な弟と比べられてもねぇ」
『あんたももしかしたら出会えたかもよ。頑張ってT大受けてたら』
俺が私立大学を選んだのは、受験科目が少ないからというのもある。反対もせず行かせてくれたことには感謝しているので、俺は黙り込んだ。
『ま、あんたももしちゃんといい人ができたら連れて来なさいよ。今そこにいる子がどういう子かは知らないけど』
母は言って、じゃあねと電話を切った。
俺は帰る気力も失せて、またベッドに腰掛けた。
完全に流された。こんな奴、抱く気なかったのに。
眠る橘の顔は起きている時よりも穏やかで幼く見えた。
留学の関係で大学に5年生まで在学していた俺より、一つ年下の31歳のはずだ。
唇に髪が張り付いている。手を伸ばしてゆっくりはがすと、橘がくすぐったそうに身をよじった。
時計を見る。7時半。しっかり寝てしまった。
俺はそろりとベッドを抜け出て、昨日の服を身につけようと手を伸ばす。
気持ち悪いが、仕方ない。
本当は昨晩の内に帰ろうとしたのだが、橘が離してくれなかったのだ。
説得を試みているうちに橘がまどろみはじめ、俺も身体を包み込む柔らかさに負けて眠ってしまった。
「やだ」
服を手に取ったとき、いつのまにか起きていたらしい橘が俺の背に抱き着いた。柔らかい胸が背中に当たる。
「何が、嫌だよ」
俺は胸の前に回された橘の手を解こうと掴んだ。
が、橘がするりと指を滑り込ませて、手を繋がれる。
おいおい。俺は帰るんだって。
「たち……」
「やーだー」
橘がさらに腕に力を込めた。
すりすりと頬を背に寄せて来る。
俺は深々と息を吐き出した。
「お前、キャラ変わってんぞ」
「いいのー。これも私だもーん」
本格的に壊れたんじゃないかと思うような幼いテンポで、橘が返してくる。
帰りたい。帰らねば。何か用事を……
俺の電話が着信を告げた。
ナイスタイミング!
橘の腕を解き、コートのポケットから取り出したそれを耳に当てる。
「もしもし?」
裸で出て行くことはないと思ったのだろう、橘がスウェットを身につけてお湯を沸かしはじめた。
電話は母からだった。
さすがに全裸で電話するのも気が引けて、腰回りにシャツを巻きながらベッドに腰掛ける。
『あら、今日は早いのね』
「あー、まあ。……で、何?」
『年末年始って、あんたどうするの。帰ってくるの?』
問われて考えたが、特段予定もない。
「今のところ予定ないけど。急に飲みに誘われたらそっち行くかも」
実家は鎌倉だ。都内に通勤できないことはないが、一人暮らしの方が気楽なこともあり、日頃は都内に住んでいる。
『2日にね、香子ちゃんが来るのよ。あんたも会ったんでしょ』
「香子ちゃん?ああ、鈴木さんね」
『鈴木さんだなんて、他人行儀な!もうすぐ一緒の苗字になるんだから』
どっちの苗字かはわかんねぇけどな。
母の言葉に、心中で返す。
弟の隣でハキハキ話していた彼女の姿を思い出し、思わずにやついた。あの子は見ていて面白い。
「それなら、帰ろうかな。2日な?」
『そう、2日』
分かった、と言いかけたとき、台所からガッシャンという音と、きゃあという悲鳴が聞こえた。
「おい、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ると、橘がへにゃりと微笑む。
「うん、ごめん。大丈夫」
湧いた湯を保温ポットに移そうとしたら、ポットが倒れたらしい。
電話の向こうで母が呆れた声を出した。
『あんたまた女の子連れ込んでんの?』
人聞きの悪いことを。俺は自分の部屋には彼女しか入れない主義だぞ。
「そんなんじゃねぇよ」
どっちかといえば俺は連れ込まれた方だ。
『女遊びもほどほどになさいよ。いつ刺されても文句言えないわよ、あんた』
「息子に向かって冷たいんじゃないの」
『隼人が言ってたわよ。兄貴はその気になればすぐ結婚するだろうって。その気がないだけだろうって』
俺は嘆息した。
「早々に運命の人と出会っちゃった、幸運な弟と比べられてもねぇ」
『あんたももしかしたら出会えたかもよ。頑張ってT大受けてたら』
俺が私立大学を選んだのは、受験科目が少ないからというのもある。反対もせず行かせてくれたことには感謝しているので、俺は黙り込んだ。
『ま、あんたももしちゃんといい人ができたら連れて来なさいよ。今そこにいる子がどういう子かは知らないけど』
母は言って、じゃあねと電話を切った。
俺は帰る気力も失せて、またベッドに腰掛けた。

