着信を示すバイブレーションの音がして、場の視線がばらけた。
「あ、俺だ」
俺はスマホを手に立ち上がる。
ジョーからだ。いつもなら放っておくところだが、取ると約束したからには、無視できない。
「失礼、ちょっと外します」
言ってマフラーを片手に店外へ出ると、耳に受話器をあてた。
「ジョー。どうした?」
『どうもこうも!聞いてくださいよ先輩!!』
あー、このうるさいノリ。もはや懐かしい。
「聞いてるよ。で、どうした。会社の前に捨てた女が待ってたか?寝た女が化粧落としたら別人だったか?」
『なんでどっちにしろ女絡みなんですか!しかも、人を遊び人みたいに』
「違うのか?」
『いや、あんまり違わないですけど』
意外と素直に認めたジョーは、仕切り直して話し始めた。
『それはともかく。とうとう……なんすよ』
ジョーの声は弾んでいるものの、何となく照れくさそうだ。
「……なんだよ」
伝えるべき要件が全く発言されてないじゃないか。
俺の呆れたようなツッコミに、ジョーは、あーもう!と何やら苛立ってみせた。
『皆まで言わせないでくださいよ!だからー、その』
俺は途端に嫌な予感がして眉を寄せる。
「お前……もしかして」
低い声で俺は言った。
「名取さん食っちゃったとか言わないよな」
『なんすかそれー!人を肉食獣みたいに!』
「違うのか?」
『肉食系と肉食獣は違います!てかそうじゃなくて!話を聞いてくださいよ!』
「聞いてるじゃねぇか」
『茶化してます!さっきから全然進んでません!』
それもそうだ。寒空の下、マフラー一つで乗り切れる時間は限られている。俺は一息入れて気持ちを改めた。
「否定しなかったってことは、そうなのか」
『えーと……どっちかっていうと俺は食われちゃった方ですけど』
何となく嬉しそうである。聞きたくねぇよ、そんな話。
「そろそろ切るな」
『何でですかー!これからが本題じゃないっすか!』
「なんだよ本題って。お前の濡れ場の話を俺に聞かせる気か」
『いやそんな。あの濃厚な夜を他人様に話せる程俺は語彙力ないです』
ジョーは切なげな吐息と共に言う。
「だから聞きたくねぇって……」
俺は嘆息した。知人通しの一夜の話など、わずかでも想像したくない。
『でも、その後が問題なんすよね。俺、年上の人誘ったことあんまりないし、どうしたらいいと思います?』
「ガキじゃねぇんだ、自分で考えろ。以上。切るぞ」
『えー!マーシーってばひど……』
俺は無言で通話をオフにした。
店内に入ると、ポケットに入れたスマホがまた揺れ始めたが、ジョーからの着信ということだけ確認して捨て置いた。
「なんか、まだ鳴ってますけど……」
「うん。気にしないで」
江原さんに答えて座り、焼酎に手を伸ばす。
「女からだろ。いいよなー、モテる奴は」
「残念、男だよ。前のオフィスの後輩」
「ああ、安田丈?なかなかやり手らしいじゃん」
「やり手っていうか……ヤリ手かな」
俺は目を逸らした先に首を傾げた江原さんを見つけてますます気まずく思うと同時に、うら若き生真面目な彼女がああした類の男と出会わないことを祈らずにはいられなかった。

