後ろの魔王様

「ごめん……思い出せないや」

「そっかァ」


ちょっとだけ寂しそうに、口元の絆創膏を指先でそっと撫でる英くん。

でも、すぐにいつも通りの笑みを浮かべて。


「でもオレは、ずーっと覚えてるからねェ!」


どろり、とチョコレートが溶けたような甘すぎる眼差しを向けられて、私はすぐに目を逸らした。

いけない。
ふわふわ大型ワンコの甘い表情は目に毒。


「も、もうっ……!昼休み終わっちゃうから教室戻るよ!」

「はァい」


間延びした返事をして、英くんは私の半歩後ろをついてくる。

踵を踏んづけた上履きをぺたんぺたんと鳴らしながら廊下を歩くときも、私の歩幅に合わせて、決して前には出ない。


私の背中を守るのが英くんの使命なんだって。

よくわからないけれど。

満足そうにしているから、好きにさせている。


「あの男、ここちゃん見てた。ぜってェ見てた」

「見てたのは多分、英くんのことだよ。『魔王』って言われてるくらいなんだから」

「ダサくない?オレ『ここちゃんの彼ピッピ』って言われたい」

「そっちのほうがダサくない?しかも私巻き込まれてる形になってない?」

「あーあ、次日本史かァ……お昼寝しよっと」

「相変わらず話が脱線するなぁ」


ずり落ちてきた眼鏡を人差し指で押し上げて、乾いた笑いをこぼす。



廊下の窓からは秋らしい風が入ってきて、私の制服のリボンを揺らした。


英くんが私の後ろを歩くようになって、一年が経った。

今日も変わらず、英くんは半歩後ろを歩いてる──。