ほな、今日こそえっちしようか?

「先輩、ホンマに大丈夫ですか?」

俺は、酔いごまかしながら、先輩に聞いた。

「なにが?」

大滝先輩は平気そうな顔をしてる。

「いや……今日も結構、飲んでましたよね?」

「当たり前や。この前と同じ飲み方してんねんで。悠もやろ?」

そう、俺たちはこの前えっちできへんかった事の、再調査? をしていた。

「お、俺は大丈夫です」

そう答えながら、おでん屋を出た。

前回と同じ店。

前回と同じ料理。

そして、たぶん――酒の量まで前回とほとんど同じ。

なのに。

今日の俺は、この前より酔ってないような気がしていた。

「悠、タクシー来たで」

「はい」

俺は先輩の隣に並んだ。

その瞬間、先輩の指が俺の指の間へするりと入ってきた。

「……先輩?」

「ん?」

付き合ってもいない俺たちは、なぜか恋人つなぎをしていた。

……なんや、これ。

俺は、繋がれた手をチラッと見た。

どう見ても、恋人つなぎや。

「先輩」

「ん?」

「俺ら、付き合ってませんよね?」

「付き合ってへんな」

即答かい。

「じゃあ、この手は?」

「嫌なん?」

「嫌なわけないやないですか!」

むしろ、このまま一生離したくない。

先輩は、俺の顔を見てクスッと笑った。

「ほな、ええやん」

「ええんですか?」

「ええよ」

そんな会話をしているうちに、タクシーが俺たちの前で止まった。

先輩は俺の手を繋いだまま、後部座席へ乗り込んだ。

……今日こそ、いけるんちゃうか。

タクシーがゆっくり走り出した。

先輩は、まだ俺の手を離さない。

もちろん、俺から離すつもりもない。

「悠」

「はい?」

「今日こそ、やな」

「……っ!」

その一言で、酔いなんか一気に醒めた。

……気がした。

「もちろんです!」

俺は自信満々に答えた。

ところが、しばらく走った頃。

なんやろ。

タクシーの揺れに合わせて。

ちょっと、頭がクラクラする。

いやいや、気のせいや。

この前と同じ量しか飲んでへん。

俺は繋いだ手に少し力を込めながら、窓の外へ目を向けた。

「悠、着いたで」

「……はい」

先輩に声を掛けられ、俺は顔を上げた。

あかん!

俺、タクシーで、寝てたんか?

いつの間にか、タクシーは先輩のマンションの前に止まっていた。

先輩に続いて、タクシーを降りる。

……あれ?

地面が、ちょっと揺れてるような気がする。

「悠、大丈夫?」

「だ、だいじょーぶれす」

「……は?」

「酔ってなんか、いま、せん」

先輩が俺の顔を覗き込んだ。

「あの、少しお水、を……」

「酔ってんじゃん」

「酔ってませんって」

そう言いながら、俺は先輩の手を
握り直した。

今夜こそは、絶対に寝てたまるか。

部屋に入るなり、俺はソファーに座り込んだ。

「悠、ホンマに大丈夫?」

「大丈夫ですって」

言いながらも、頭はまだ少しフワフワしている。

先輩が冷蔵庫から水を取り出した。

「ほら」

「ありがとうございます」

受け取ったペットボトルの水を、一気に飲み干す。

「……っはぁ!」

うん。

いける。

完全復活や。

俺は立ち上がると、そのまま寝室へ向かった。

「ちょ、悠?」

「先輩」

俺はベッドに腰を下ろし、先輩に向かって手を伸ばした。

「こっち、来てください」

先輩は一瞬だけ俺を見つめると、ゆっくり俺の前まで歩いてきた。

「なに?」

先輩が、俺の前で立ち止まった。

俺は伸ばしていた手で、先輩の手を掴んだ。

そのまま、ゆっくり引き寄せる。

「わっ」

バランスを崩した先輩が、俺の隣に座った。

近い。

さっきまで繋いでいた手より、ずっと近い。

「先輩」

「ん?」

「……今日こそ、ええんですよね?」

先輩は少しだけ黙って、俺を見つめた。

「悠」

「はい」

「今から、先輩って呼ぶん禁止」

「え?」

「泉って呼んで」

俺は目の前の先輩を見つめた。

「泉……」

口に出しかけて、止まった。

なんや、これ。

名前で呼ぶだけやのに、めちゃくちゃ恥ずかしい。

「ほら」

先輩が、少しだけ笑った。

「呼んでみ?」

「……泉、さん」

初めて呼んだ。

たったそれだけやのに、急に先輩が近くなった気がした。

「うん」

先輩の手が、俺の頬に触れた。

「もう一回」

「泉さん」

今度は、ちゃんと言えた。

先輩の顔がゆっくり近づいてくる。

俺は目を閉じた。

そして、唇が重なった。

唇が離れる。

「泉さん」

呼ぶと、先輩が少し笑う。

「なに?」

「もう一回、ええですか?」

「聞くんや?」

「一応……」

「律儀やなぁ」

そう言って、今度は先輩から唇を重ねてきた。

さっきより長い。

唇が離れたと思ったら、また重なる。

そして、俺の口の中に、先輩の舌が入ってくる。

一瞬、ビックリした。

「舌、絡ませて」

先輩が、優しく言う。

俺は、言われるがまま、先輩の舌に自分の舌を絡ませた。

俺は先輩の肩に手を回した。

……この前とは違う。

今度こそ、ホンマに。

そう思った瞬間、先輩が俺の胸に手を置いた。

「悠、ちょっと待って」

「……なんですか?」

俺は、名残惜しく先輩から離れた。

「シャワー、浴びてきたい」

「シャワー?」

「うん。おでん屋で、かなり汗かいてん」

先輩はそう言って、俺の頬を指で軽くつついた。

「待ってられる?」

「待てます!」

即答した。

当たり前や。

この前と同じ失敗なんか、するわけがない。

あのキスのあとやで?

「ホンマに?」

「余裕です!」

「寝たりせぇへん?」

「しません!」

俺は胸を張った。

先輩は疑うような目で俺を見ると、ベッドから立ち上がった。

「ほな、待っててな」

「はい!」

……今日こそは、絶対に。

俺は、洋服を脱ぎ始めた。

準備は万端や。

先輩が寝室を出ていった。

しばらくすると、シャワーの音が聞こえてきた。

俺はベッドの上で、その音を聞いていた。

……よし。

大丈夫や。

全然眠くない。

むしろ、さっきより目ぇ覚めてる。

たぶん。

いや、絶対。

俺は枕に背中を預けた。

ちょっとだけや。

横になったわけちゃう。

待ちやすい体勢になっただけや。

今頃、あの豊満な胸、洗ってんのやろか。

それとも……。

……シャワー、長いな。

まだかな。

俺は一度、大きく瞬きをした。

……まだ、かな……。

シャワーを浴び終えた泉は、寝室のドアを開けた。

「悠、お待た――」

……。

泉は、その場で立ち止まった。

ベッドの真ん中。

さっきまであんなに元気やった悠が。

大の字になって寝ている。

「……悠?」

返事はない。

「悠、起きて」

頬を軽く叩いてみる。

「んー……」

「寝てるやん」

あれだけ「待てます!」って言うてたくせに。

悠の息子をつまみあげる。

放す。

息子もパタンと落ちる。

寝てる。

泉は思わず吹き出した。

「ほんま、アホやなぁ」

そして悠の隣に腰を下ろした。

泉は、眠っている悠の顔を見た。

「気持ちよさそうに寝てんなぁ」

もちろん返事はない。

起こそうと思えば、起こせるかもしれない。

けど。

これだけ酔ってる悠を起こしたところで、仕方がない。

泉は小さく息を吐いた。

「今日こそやと思ったんやけどなぁ」

そう呟いて、ベッドに横になる。

隣では、悠が相変わらず大の字で寝ている。

「ちょっと、狭いって」

悠の腕を押し退ける。

「ん……」

「もうちょい、そっち行って」

「……泉、さん……」

「……寝言では呼べるんや」

泉はクスッと笑うと、目を閉じた。

朝。

俺は、ゆっくり目を開けた。

……ん?

見慣れへん天井。

一瞬、頭が止まる。

隣を見る。

泉さんが寝ていた。

「……え?」

俺は自分の身体を見る。

裸。

泉さんを見る。

……裸。

俺の頭の中で、昨日の記憶が一気に蘇ってきた。

キスして。

泉さんがシャワーを浴びに行って。

それから――。

……記憶がない。

記憶なくすほど、俺、何回もしたんか?

俺、ついにやったんか!?

そう思った瞬間。

急に、自信が湧いてきた。

俺、やればできるやん。

しかも、何回したか覚えてへんくらいや。

俺は隣で眠る泉さんを見た。

泉さんを、抱いたんや、俺。

昨日より、もっと近く感じる。

そら、そうや。

一線越えたんやから。

そのとき、泉さんがゆっくり目を開けた。

「……おはよ」

「お、おはようございます」

「なにニヤニヤしてんの?」

「いや、別に」

俺は布団の中で身体を起こした。

「泉さん」

「ん?」

「俺、2回戦目いけますよ! もう準備万端っすよ!」

「……2回戦目?」

泉さんが、俺の顔をじっと見る。

「はい!」

「朝から元気やなぁ」

と言って、泉さんは、布団を剥ぎ取ろうとした。

「やっ! 何するんすか! だって俺、昨日――」

そこまで言うと、泉さんがニヤッと笑った。

「せやなぁ」

「……ですよね?」

「あんなに上手いとは思わへんかった。ちょっと意外やったわ」

「え?」

「めっちゃ気持ちよかった」

……マジか。

俺、そんなに良かったんや。

記憶ないけど。

「泉さん」

「ん?」

「俺、才能あるんちゃいます?」

「あるかもしれへんなぁ」

泉さんは笑いを堪えるように、口元を押さえた。

「でも、ホンマ上手かったで」

「そんなにですか?」

「うん」

泉さんは、何度も頷いた。

「特に舌使い」

「……舌使い?」

「うん。舌の使い方」

俺は昨日の記憶を必死に辿った。

舌。
……なんか、覚えてる。

泉さんに、舌絡ませてって言われて。

他に舌使ったとこって……。

エ、エロいことしてんな俺。

「最初はぎこちなかったけどな」

「初めてやったんで」

「知ってる」

泉さんが、またニヤッと笑った。

「でも、途中から気持ちよかったで」

「……俺、やっぱ才能あるんや」

「キスのな」

「…………え?」

俺は、泉さんの顔を見た。

「……キス?」

「うん、キス」

「いや、ちょっと待ってください」

俺は慌てて泉さんを見る。

「じゃあ、その……昨日の俺らは?」

「キスしたで」

「そのあと!」

「私、シャワー浴びに行ったやん」

「はい」

そこまでは覚えてる。

問題は、その先や。

泉さんは俺の顔を見ながら、ニヤニヤしている。

「戻ってきたらな」

「はい」

「悠、ベッドの真ん中で大の字になって寝てたで」

「…………」

「気持ちよさそうになぁ」

「……え?」

「爆睡」

俺の頭が、完全に止まった。

「一応、息子も起こしてみたけど、そっちも熟睡やったで」

と言って、泉さんは笑った。

「え?」

俺は、しばらく動けなかった。

「ちょ、ちょっと待ってください」

「なに?」

「俺、寝てたんですか?」

「寝てたで。さっき言うたやん」

「大の字で?」

「見事にな」

「じゃあ……」 

俺は、自分と泉さんを交互に見る。

「なんで二人とも裸なんですか?」

「悠は自分で脱いだんやろ?」

……そうや。

準備万端や。

とか思いながら、脱いだ気がする。

「私はシャワー浴びたあと、そのまま寝ただけ」

「え? え?」

俺は泉さんを指差して、それから自分を指差した。

「寝て、た? 俺ですか?」

「せやで」

泉さんは、あっさり頷いた。

「なんにも?」

「なんにも」

「一回も?」

「一回も」

「ちょっとくらいは?」

「してへん」

俺は、そのままベッドに倒れ込んだ。

「嘘や……」

「ホンマやって」

「俺、あんなに気合い入れてたのに……」

「知ってる」

「準備も万端やったのに……」

「それも知ってる」

泉さんが、俺の顔を覗き込んだ。

「キスは上手かったで」

「そこはもうええんです……」

俺は両手で顔を覆った。



おわり