しばらくして、乱れていた呼吸が落ち着いてくる。
奏斗くんは何も言わず、私の身体を引き寄せた。背中に回された腕の中へ収まると、まだ少し速い心臓の音が聞こえる。
髪をゆっくりと何度も撫でられるのが心地よくて、奏斗くんの胸元に頬を寄せた。
「眠れそう?」
「……まだ分かんない」
「そっか」
それ以上は聞かない。どうして眠れないのかも、何を考えていたのかも。
ただ、背中を抱く腕だけは離れなかった。
「……暑い」
「奏斗くんがくっつくからでしょ」
「くっつきたいの」
枕元の時計を見ると、日付が変わっていた。
「あ、もうこんな時間だよ」
「紅が寝たら帰る」
「帰るって言っても、隣の部屋でしょ」
「だから?」
「……ここで寝ても、そんなに変わらなくない?」
奏斗くんは一瞬だけ黙って、それからいつものように笑った。
「朝まで俺いたら、紅が困るよ?」
「……なんで?」
「朝起きて紅の顔見たら、俺、事務所行きたくなくなるかもしれない」
「なにそれ。伊久間くん変なの」
口にしてから、間違えたことに気づいた。
今は、伊久間くんじゃない。
奏斗くんがわざと傷ついたような顔をする。
「やり直し」
「え?」
「ちゃんと、呼んで」
「……奏斗くん」
こんなことで嬉しそうにする理由が、私には分からない。それでも求められるまま、名前を呼ぶ。
すると今度は満足したように目を細めて、私の額に軽く唇を寄せた。
恋人でもない。好きだと言ったことも、言われたこともない。
それでも、ときどき夜だけ、私たちは誰より近くなる。
そのことを不思議だと思わなくなったのが、いつだったのか。
もう、思い出せなかった。
