『勿応草は僕を忘れない』

勿忘草。僕は、君と永遠がある限り忘れない。

小川花音(おがわ かのん)と出会ったのは、幼稚園の頃だった。
あの頃の僕...相澤悠(あいざわ ゆう)にとって、花音と過ごす時間はあまりにも当たり前で、疑う余地のない日常だった。朝になれば同じ場所にいて、遊ぶときも隣にいて、帰る時間になれば手を繋ぐようにして一緒に帰る。それが特別なことだなんて、深く考えたこともなかった。
花音は、いつも笑っていた。
まるで精巧に作られた人形のようだ、と幼いながらに思っていた。整った顔立ちのせいだけではない。笑っている彼女の姿そのものが、僕の記憶の中でただただ綺麗に輝いていたからだ。
当時の僕には、友達と呼べる存在が花音しかいなかった。
だからこそ僕にとって彼女は、単なる「幼なじみ」という言葉ひとつでは片づけられないほど、かけがえのない存在だったのだと思う。
いつも二人で一緒にいるせいか、周りの子どもたちから「お前ら、いっつも一緒だな」とからかわれることもよくあった。
そのたびに僕は恥ずかしくなってしまい、うつむいて何も言えなくなる。
けれど花音は、そんな僕の顔を覗き込んで楽しそうに笑うのだった。
その笑顔につられて、僕もいつの間にか笑ってしまう。
たぶん、あの頃の僕は、ただそれだけで十分に幸せだった。
それから、何年もの時が流れた。
中学生になると、僕たちの距離は少しずつ、けれど確実に離れていった。
学校が変わったわけではない。ただ、幼稚園の頃のように毎日一緒に帰ることはなくなり、いつの間にか廊下ですれ違っても顔を見合わせることすら減っていった。
新しい生活が始まれば、人は案外簡単に過去を置き去りにしてしまうものだ。
僕もまた例外ではなかった。
新しい友達ができ、自分のことで悩み、くだらないことで笑い転げる。目の前の毎日に必死になっているうちに、胸の中に占める花音の割合は静かに減っていった。