リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

「いっ!」
 体を丸めて寝返りを打ったら、頭が壁にあたり、その痛さで目が覚めた。
 ベッドの上で、体を起こすと、記憶が蘇った。
 そういや昨日、殴られた……いや、殴らせたんだ。

 窓から外を見ると、ドミトリー広場の時計が9時を指していた。
 寝すぎた。

 共同トイレまで歩きながら、今日の行動を考える。
 オウガ君にカツアゲをやめてもらうのに、エドの力を借りると。
 廊下に面した洗面所で歯を磨いていると、とっくに起きている下級生達がバタバタと走りすぎていった。

 普通の奴らはカツアゲなんてされない。
 俺もコノエ君もホベタンも、静かにしてて弱そうだから狙われる。

 俺と同じことがみんなにできたらいいのに。
 これはいつも思うことだ。

 シャワーを浴びて、着替えてドミトリーの休憩室に行くと、もう9時半だった。
 ドミトリーの人からも用意が遅いとか言われるけど、どうしたら素早くなれるのかは誰も教えてくれない。

「よっ! エザキ!」
 顔見知りのアサキ兄弟の弟、リョウが、飲み終えた麦茶のコップを流しに置きながら挨拶してくれた。 サッカーが好きで、明るいけど、気が小さい。
 リョウ君はどこかへ急いでいるのか、走り出したので、笑顔を作りながら手だけ上げておいた。
 疲れた笑顔ってエドは言うけど、ちょっと違うんだよな。

 休憩室を見回すと、顔見知りが数人おしゃべりしていて、ホベタンが本を読んでいるだけ。エドはいない。

 どうしたものかと考えながら外に出ると、エドがドミトリーの外に出ようとしていた。
「あ、エド」
「お、エザキ。わりいけど、ちょっと1人で行きたいとこあるんだ」

 すぐにピンときた。エドのやること、考えることだけはわかる自信がある。

「オウガ君とこ行くんでしょ。待ち合わせ?」
 わざと体をふらつかせて、やれやれというジェスチャーをしながら、エドは言ってくれた。

「頼りたくなかったけど、一緒に行ってくれるか?」
「もちろん」

 歩きながら経過を話すと、エドも昨日の話をし始めた。
「昨日の朝、ホベタンがカツアゲされてるの見たからさ、ホベタンと一緒にオウガ達のところに行ったんだよ。金返せって」
「そしたら?」
「あのクズ、ホベタンに銃向けて俺のこと殴りやがった」
 そう言うとエドは、髪を上げて左のこめかみを俺に見せた。
 大きめ絆創膏に血が滲んでいる。

「エドが殴られるって珍しいね」
「あのバカ、銃で殴りやがったよ。だから対抗措置を用意してきた」

 オウガの銃に対抗? 気になった。

「対抗措置ってなに?」
「後でわかる。オウガ達と会ったら、俺が交渉するから」

 それ以上は何も聞かないでおいた。
 俺達はドミトリーや学校のある2と3番街を抜け、7番街の端にある公園に着いた。
 この間と違う公園だけど、ここのトイレにも弾丸の跡がある。どうもこの街では、トイレで撃たれる人が多いらしい。
 砂場しか遊具のない、ただの広場のような公園。ちょうどオウガ君とカゲスゲ君がベンチに座っているところだった。

 飛行機の音がして見上げると、空が曇り始めている。昼頃に一雨きそうだ。

 俺とエドがベンチに向かって歩いているとベンチの周りに、同い年ぐらいの奴が5人ぐらい集まってきた。
 学校で見た顔もいれば、そうでないのもいる。
 この街で学校に通ってない奴ってのは、動物みたいに凶暴なのが多い。
 ちょっと厄介なことになりそうだ。

「よう! 来たかよエド。ちゃんと持ってきた?」
 またカゲスゲ君が会話担当らしい。持ってきたって何の話だろう?

「ああ、昨日の話な。わりいけど金なら、あの後、ほとんど使っちまってさ。もう残ってねえんだ」
 カゲスゲ君がオウガ君を見る。二人とも、緊張した表情だけど、まだ優勢という雰囲気だ。
 カゲスゲ君が、子分らしき奴にあごで指示を出すと、2人の子分がエドに殴りかかろうとした。

 いつもなら、エドが下がって俺が出るタイミングだ。

 だが、彼はそうしない。

 あれっ? と思った瞬間、エドはズボンの後ろから拳銃を出した。

 オウガ君のとよく似た回転式の拳銃だ。

 ザザッという足音がして、急ブレーキを掛けた子分達にエドは銃口を向け、すぐに撃ってしまった。

 本当にすぐに撃ったので、驚く暇もなかった。

 パン!
 という言葉で表せば近いのか。いや、ガンというべきなのか。
 とにかく、耳が一瞬でダメになるほどの、痛い音だった。
 撃った本人が一番ヤバいだろうけど。

 あまりの音で、オウガ君もカゲスゲ君も身を引いた。
 両肩をすくめた顔を引く姿が、一瞬ホラー映画を見るカップルのように見えた。

 そしてほんの1秒たらず、変な間があいてから2発目が鳴った。

 もう耳が限界! やめてくれ!
 その時、思ったことはそれだけだ。

 俺が我に返ったのは、子分達が騒ぎ出してからだった。