リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

 気が付くと、俺の足が走っていた。

 走り出してから、心配になった。
 銃撃をかわしたことはあるけど、ずいぶん昔のことだ。
 今もよけられるかと言うと、正直自信がない。

 トイレから3人がいる、壊れたブランコのところまでは、たったの20メートルぐらい。
 なのに随分と遠く感じる。

 ヤマナシ君はオウガ君に銃を向けられたまま、立ち上がったカゲスゲ君に殴られていた。

 駆けつけてどうしたいのか、自分でもよくわからない。
 でも一つだけハッキリとした思いがあった。

 オウガ君に銃を使わせたくない。

 ようやく3人のところまで駆けつけると、カゲスゲ君が殴るのをやめ、パンチを手で防いでいたヤマナシ君がその手を下ろした。

「なんだお前?」

 オウガ君が俺に銃を向けた瞬間、急にホッとした。

「それ、本物?」

「お前で試すか?」

 オウガ君が腕を真っ直ぐに伸ばして、銃口を俺の頭に向けた。

「え……?」
 ヤマナシ君のボソッとした声が聞こえたので、少し立ち位置を変える。
 万が一、撃たれても俺にしか当たらないように。

 よかった。

 撃つ気がないのがわかる。
 これなら大丈夫だ。

 ホッとしたら、自信が湧いてきたので、オウガ君に言った。

「撃たないんだったら、しまっとけば?」
「あ?」
 オウガ君が間抜け面になって、急に笑いたくなった。

「そんなのしまって俺のこと殴ってよ」
 言った瞬間、オウガ君の顔がおかしなことになった。

「へ……?」

 オウガ君。その顔は、驚いているのか?

 風が吹いて、ヤシの葉がさわさわと鳴る。

 なんでみんな黙ってるんだろう?

 カゲスゲ君は口を半開きに、ヤマナシ君は両手をだらんと下げたまま、呆れたような顔で俺を見ている。

 なんだよ?

 そう思った時、カゲスゲ君が何かに気付いてオウガ君の肩を掴んだ。
「ヤバいっす!」
「あ!」

 オウガ君は慌てて銃をしまうと、カゲスゲ君と並んで、通りの方に向かって頭を下げた。
 ヤマナシ君も同じ方を向いて、背筋を伸ばした。
 3人とも顔が引きつっている。

「おう! お前ら中坊か? こんな公園で何してんだよ?」
 振り返ると、川倉のギャングさんらしい人がいた。

「お疲れ様です!」
「お疲れ様です! ちょっとおしゃべりしてました!」
 オウガ君、カゲスゲ君、慣れてるなぁと思いながら、俺とヤマナシ君も軽く頭を下げた。

 ギャングさんは黒ずんだ白いズボンのポケットからタバコを出すと言った。
「おい、火あるか?」
 オウガ君が、西部劇みたいな速さでライターを抜いた。
 けど、ギャングさんの近くにいたヤマナシ君のほうが先に、使い捨てライターを出して火を点けてしまった。

「おう、わりいな」

 ギャングさんはよく見ると、かなりのおじさんだ。
 40歳ぐらいか?

 おじさんが深々と吸い込み、ぱっと音を立てて口を開く。
 黙ってそれ見る俺達。

「ふぅーっ」

 誰かなんとか言わないのかな。

「もう日が落ちるぞ、お前ら帰れ」
 そう言っておじさんは歩き去り、残された俺達は顔を見合わせた。

「カゲスゲ、帰るか……」
「そっすね」
 すました顔で歩き出した2人を見送って、残された俺とヤマナシ君。

 なんだこれ……?

「じゃあ、俺も帰るね」
「え? あ……」
 ヤマナシ君から逃げるべく、ドミトリーと違う方向へ、最大速力で歩き出した。

 よく知らないヤマナシ君と話しながら歩くとか、疲れそうだったから。
 ヤマナシ君が俺と話したそうだったのは、俺でもわかったけど、よく知らない人は本当に苦手なんだ。

 夕暮れ時の騎炉区は、『入れ替え時』だ。
 仕事を終えて、道具を洗う人がいるかと思えば、これから仕事だという気合の入った顔で歩いていく人。
 夜のお仕事に向かうらしいお姉さん達もいる。
 みんなそろってTシャツにショートパンツか短いスカート。

 夜の騎炉は太平洋でも有数の、『大人の遊び場』らしい。
 金持ちの日本人もこっそり来るぐらい、ハッピーな街だと、大人達は言う。

 大人のお店が並ぶコワキ通りに入る前で右に曲がってドミトリーに向かう。

 いやぁ、残念。

 ボコボコにしてもらいたかったんだけどなぁ。

 殴られるって、どれぐらいつらいんだろう。
 両手を腰に当てて下を向き、ため息をつきながら歩いていたら、女性らしき人影にぶつかった。

「うわ!」
「わ! すみません!」

 赤いタンクトップ、青いスカート。
 そのスカートの下から出ている、意外なほど筋肉質な足が目についた。

「ちょっと、どこ見てんの?」
「え? お姉さんの足を」

 うっすら感じとれた。
 頭上から来る。

 殴るつもりだ。
 けど、本気の攻撃じゃない。
 すごく曖昧。

 よし、ひとくち試食といこう。

 身を固くして備えた。

 ゴスッ……

「いてっ!」

 想像以上に硬い拳で、頭のてっぺんを殴られた。

 じわーんとした、あわい痛み。
 それから数秒遅れて、どーんと重たい感じの痛みが湧いてきた。

「んー。いたたた」
 頭を抑えながら顔を上げると、お姉さんが笑っていた。

「頑張って彼女作んな」
「彼女?」
 何を言ってるんだ?

 お姉さんはそのまま、横を通り過ぎていってしまった。

 いや、それにしても、この鈍くてしつこい痛さ。


 思ってたよりも、かなり痛い……。