「嫌ですよ。痛いのとか、怖いのとか」
下を向いたままのコノエ君は泣きそうに見えるが、どうなんだろうか。よくわからないが、泣いてもおかしくなさそうな顔には見える。
「1回だけ抵抗しとけば、1回ボコボコにされるだけで済むと思うよ。そしたら、ずーっとお金を取られ続けるってこともなくなると思うんだけど」
「だから、そのボコボコになるのが怖いんですよ」
なるほど。ボコボコにされるのは、確かにつらそうだ。
かわせるので、そんな心配をしたこともなかった。
「じゃあ、また明日ね」
「はい。あの……本当にすみません。ありがとうございます」
コノエ君はこの間のオウガ君のように、ビシッと頭を下げて出て行った。
ドアが閉まると同時に、ベッドに寝転んだ。
他人といると、どうも疲れる。
その人がいい人だろうとなんだろうと。
それにしてもコノエ君が恐れるボコボコ。
つらそうだとは思うけど、どれぐらいなんだろう?
ドミトリーに門限はない。
しかし子供は暗くなってから出歩いていると、川倉のおっさん達にぶん殴られるので、日が沈んだらみんな帰ってくる。
外はまだ暗くはなっていない。
だめだ。どうしても気になる……。
よし。
例の『彼』に、ちょっとだけボコボコにしてもらってみよう。
俺は起き上がると、部屋の外に出た。
シャリシャリと砂の音をさせながら、コンクリの階段を下りる。
俺にとってはこういう階段とかの方がずっと怖い。
中1のころ、学校の階段で転んだ。
今のように、砂っぽくて滑ったせいだ。
なんとか下の段に足をついたんだけど、その時にバレリーナのようにつま先立ちになった。
足首の関節が少しだけ逆に曲がるほどの力が掛かり、それまで感じたことのないような痛さを感じた。
「痛ぁぁ!」
思わず叫んだが、叫ぶのと足首を両手で押さえるのが、麻酔代わりになっていたと思う。
痛いと騒いでいると教師が俺をめんどくさそうに台車に乗せて、騎炉南病院に連れて行ってくれた。
2倍ぐらいの太さになる足首を見て、もう歩けなくなるのかなと少し残念な気持ちになったが、実際は靭帯損傷で後遺症も残らなかった。
というのが、俺の記憶にある唯一の激痛体験だ。
怖い階段を下りて外に出ると、お目当ての人物を探して歩き回った。
ドミトリー近くの運動場、大公園、灯台広場と歩いたが、収穫はなかった。
諦めて帰る途中、小さな児童公園の公衆トイレに寄った。
弾丸の痕が何個も残る、ボロボロのトイレ。
見た目はどうでもいいんだけど、この街のトイレはどれもこれも、とにかく臭すぎてつらい。
公衆トイレは風通しが良くて、まだマシだけど、学校やドミトリーみたいな屋内のトイレは生きていられないぐらい臭い。
必死に浅い息をしながら用を足して、外に出る。
「ぷはっ!」
トイレの壁に寄りかかって深呼吸をすると、生ゴミ臭混じりの空気が、爽やかに感じられた。
日が傾き始めている。
帰ろうかな……。
そう思って、トイレの壁に寄りかかったまま公園を見ると、20メートルぐらい先に目当てのオウガ君がいた。
というか、ケンカっぽい雰囲気になっている。
「あんまり、うちの学年ばっかりいじめないでくださいよ」
頼んでいるのは、ロン毛の男子。
見たことがある。多分後輩だ。
その後輩君が、オウガ君とカゲスゲ君に頭を下げている。
オウガ君達2人は、腐りかけた木のベンチに腰掛けている。
メインで会話しているのは、カゲスゲ君だ。
「ヒーローごっこ始めたの? ヤマナシ?」
ヤマナシ君? 聞いたことがある。
ヤマナシ君は、困りながらもがんばって2人に笑いかけている。
「カゲスゲ君。俺達、もうちょっと大人になろうよ」
「は?」
カゲスゲ君が立ち上がって、ヤマナシ君の胸を小突く。
「俺らガキか!?」
「いや、そう言うつもりじゃ――」
一瞬でカゲスゲ君の左の拳が、ヤマナシ君の顔に当たる。
「え!?」
ヤマナシ君の行動に、俺は呆気にとられた。
ヤマナシ君は首に力を入れ、殴られた頬でカゲスゲ君の拳を押し返したかと思うと、一瞬のうちに両手でカゲスゲ君の首を絞めた。
「くほっ……」
呼吸を遮られたカゲスゲ君が、苦しそうに首に掛かった手を剥がそうとするが、ヤマナシ君はかまわず絞めあげる。
それからヤマナシ君は彼を横に投げ飛ばしてしまった。
カゲスゲ君は一度片足をついたけど、堪えきれず、パサッと静かに倒れた。
カゲスゲ君がうずくまって咳をしている間に、ヤマナシ君は座ったままのオウガ君の前に立つ。
遠くで耳につく甲高い汽笛が鳴り、バァーッと機銃の音がする。
沿岸警備隊の巡視船だ。訓練だろう。
オウガ君は少し驚いた顔をしているが、どこか余裕を感じる。
なぜだ?
ヤマナシ君は少しだけ息切れしたような調子で、言った。
「もうやめましょうって」
ここに来て、まだそんなことを言うのかと驚いた。
正直言って呆れたけど、いい奴そうだなとも思った。
と突然、オウガ君が何か決心したような顔で立ち上がった。
「ん!?」
ヤマナシ君が一歩下がると、オウガ君は右のポケットから拳銃を出した。
頭がぐわーっとなって、よくわからなくなった。
何かしたいけど、足が動かない。
「文句あるんなら言えよ」
オウガ君のその声が、随分遠く聞こえた。
ヤマナシ君もオウガ君も、2人ともどこかぼーっとしている。
俺もだ。
これは現実なのか?
下を向いたままのコノエ君は泣きそうに見えるが、どうなんだろうか。よくわからないが、泣いてもおかしくなさそうな顔には見える。
「1回だけ抵抗しとけば、1回ボコボコにされるだけで済むと思うよ。そしたら、ずーっとお金を取られ続けるってこともなくなると思うんだけど」
「だから、そのボコボコになるのが怖いんですよ」
なるほど。ボコボコにされるのは、確かにつらそうだ。
かわせるので、そんな心配をしたこともなかった。
「じゃあ、また明日ね」
「はい。あの……本当にすみません。ありがとうございます」
コノエ君はこの間のオウガ君のように、ビシッと頭を下げて出て行った。
ドアが閉まると同時に、ベッドに寝転んだ。
他人といると、どうも疲れる。
その人がいい人だろうとなんだろうと。
それにしてもコノエ君が恐れるボコボコ。
つらそうだとは思うけど、どれぐらいなんだろう?
ドミトリーに門限はない。
しかし子供は暗くなってから出歩いていると、川倉のおっさん達にぶん殴られるので、日が沈んだらみんな帰ってくる。
外はまだ暗くはなっていない。
だめだ。どうしても気になる……。
よし。
例の『彼』に、ちょっとだけボコボコにしてもらってみよう。
俺は起き上がると、部屋の外に出た。
シャリシャリと砂の音をさせながら、コンクリの階段を下りる。
俺にとってはこういう階段とかの方がずっと怖い。
中1のころ、学校の階段で転んだ。
今のように、砂っぽくて滑ったせいだ。
なんとか下の段に足をついたんだけど、その時にバレリーナのようにつま先立ちになった。
足首の関節が少しだけ逆に曲がるほどの力が掛かり、それまで感じたことのないような痛さを感じた。
「痛ぁぁ!」
思わず叫んだが、叫ぶのと足首を両手で押さえるのが、麻酔代わりになっていたと思う。
痛いと騒いでいると教師が俺をめんどくさそうに台車に乗せて、騎炉南病院に連れて行ってくれた。
2倍ぐらいの太さになる足首を見て、もう歩けなくなるのかなと少し残念な気持ちになったが、実際は靭帯損傷で後遺症も残らなかった。
というのが、俺の記憶にある唯一の激痛体験だ。
怖い階段を下りて外に出ると、お目当ての人物を探して歩き回った。
ドミトリー近くの運動場、大公園、灯台広場と歩いたが、収穫はなかった。
諦めて帰る途中、小さな児童公園の公衆トイレに寄った。
弾丸の痕が何個も残る、ボロボロのトイレ。
見た目はどうでもいいんだけど、この街のトイレはどれもこれも、とにかく臭すぎてつらい。
公衆トイレは風通しが良くて、まだマシだけど、学校やドミトリーみたいな屋内のトイレは生きていられないぐらい臭い。
必死に浅い息をしながら用を足して、外に出る。
「ぷはっ!」
トイレの壁に寄りかかって深呼吸をすると、生ゴミ臭混じりの空気が、爽やかに感じられた。
日が傾き始めている。
帰ろうかな……。
そう思って、トイレの壁に寄りかかったまま公園を見ると、20メートルぐらい先に目当てのオウガ君がいた。
というか、ケンカっぽい雰囲気になっている。
「あんまり、うちの学年ばっかりいじめないでくださいよ」
頼んでいるのは、ロン毛の男子。
見たことがある。多分後輩だ。
その後輩君が、オウガ君とカゲスゲ君に頭を下げている。
オウガ君達2人は、腐りかけた木のベンチに腰掛けている。
メインで会話しているのは、カゲスゲ君だ。
「ヒーローごっこ始めたの? ヤマナシ?」
ヤマナシ君? 聞いたことがある。
ヤマナシ君は、困りながらもがんばって2人に笑いかけている。
「カゲスゲ君。俺達、もうちょっと大人になろうよ」
「は?」
カゲスゲ君が立ち上がって、ヤマナシ君の胸を小突く。
「俺らガキか!?」
「いや、そう言うつもりじゃ――」
一瞬でカゲスゲ君の左の拳が、ヤマナシ君の顔に当たる。
「え!?」
ヤマナシ君の行動に、俺は呆気にとられた。
ヤマナシ君は首に力を入れ、殴られた頬でカゲスゲ君の拳を押し返したかと思うと、一瞬のうちに両手でカゲスゲ君の首を絞めた。
「くほっ……」
呼吸を遮られたカゲスゲ君が、苦しそうに首に掛かった手を剥がそうとするが、ヤマナシ君はかまわず絞めあげる。
それからヤマナシ君は彼を横に投げ飛ばしてしまった。
カゲスゲ君は一度片足をついたけど、堪えきれず、パサッと静かに倒れた。
カゲスゲ君がうずくまって咳をしている間に、ヤマナシ君は座ったままのオウガ君の前に立つ。
遠くで耳につく甲高い汽笛が鳴り、バァーッと機銃の音がする。
沿岸警備隊の巡視船だ。訓練だろう。
オウガ君は少し驚いた顔をしているが、どこか余裕を感じる。
なぜだ?
ヤマナシ君は少しだけ息切れしたような調子で、言った。
「もうやめましょうって」
ここに来て、まだそんなことを言うのかと驚いた。
正直言って呆れたけど、いい奴そうだなとも思った。
と突然、オウガ君が何か決心したような顔で立ち上がった。
「ん!?」
ヤマナシ君が一歩下がると、オウガ君は右のポケットから拳銃を出した。
頭がぐわーっとなって、よくわからなくなった。
何かしたいけど、足が動かない。
「文句あるんなら言えよ」
オウガ君のその声が、随分遠く聞こえた。
ヤマナシ君もオウガ君も、2人ともどこかぼーっとしている。
俺もだ。
これは現実なのか?
