リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

「んー、エザキ君。私が見たところでは、君はちゃんと人の気持ちを理解しているように見えるんだけどね」
 育英局から来ているというおじさんは、顔を斜めにして俺の様子をうかがっていた。

「じゃあみんな、僕が想像した通りのことを考えているんですか?」

「うーん。難しい質問だね」
 難しくないよ。結局、わかるわけないんだよ。

 俺は部屋の真ん中にぽつんと置かれた椅子に座らされていた。
 向かいの長机の前に座る3人。
 中学の担任、ドミトリーの職員さん、そしてよく分からない育英局のおじさん。

 『カウンセラー』と名乗るこの育英局のおじさんは、半年おきに俺達の考えを聞き出しに来る。

 死ぬほどつまらない時間だ。
 港でフジツボをゴリゴリ剥がしてるほうがずっと気楽でいいのに。

「悪い夢を見たりはしない?」
 もうされ飽きた質問だ。
「全然ないです」
「仲の良い友達の名前を4人あげてもらっていいかな?」
 面倒くさいなぁ。
「エド・リンジ君、ホセ・ベゾ君、AR君。あとはえっと、タツ君とリョウ君のアサキ兄弟」
 ゴリゴリと書き留めていたおじさんが、手を止めて言った。
「あれ?」
 誰かやらかした奴の名前があったか?
「5人になってるぞ? まあ、友達がちゃんといるのは、いいことだ! ハハッ!」
 どうやら真面目に心配してくれていたみたいだ。

 面談を終えて、学校からドミトリーに戻る。
 16時を過ぎて、暑さも少し落ち着いている。
 珍しくからっと晴れた空に、アジサシが飛んでいる。
 飛んでいる姿を見ながら、ぼーっと歩いていたら大きめの石に躓いた。

「あたた……」
 思わず片足でけんけんしてしまった。
 恥ずかしくなって周りを見回すと、誰かと目が合った。
 視線を戻すと、背の高い人がドミトリーの入口から俺を見ている。

 誰だろう……面倒は嫌だな……と思いながら、仕方なく近づく。
 しかし、近づくにつれて心配は薄らいだ。明らかに遠慮した表情をしていたからだ。

 同い年ぐらいに見える、痩せっぽちのノッポ君。
 シミだらけの白のランニングが、気になった。

 彼はドミトリーに入ろうとした俺に、おずおずと声をかけてきた。
「すみません。エザキさんですか?」
「え? うん。そうだけど?」
「あの、自分2年のコノエっていうんですけど……」
 1個下の2年生。オドオドしているコノエ君の態度は、本心で怯えているように、俺の目には見えたので、自分の部屋に連れて行った。

 休憩室からこっそり持ってきた麦茶入りのコップを机に置くと、俺はベッドに、コノエ君はボロ椅子に座った。
 大柄なコノエ君なだけに、椅子も苦しそうにきしんだ。

 しばらく待った。
 けど、彼は話そうとしない。仕方なく俺の方から、ストレートに聞いてみた。
「コノエ君。あの……もしかしてなんか、俺とかエドが迷惑なこととかしちゃった?」
 慌てて顔を上げたコノエ君は、ようやく話してくれた。
「違うんです。助けてもらえないかと思って」
「助ける?」
「一ヶ月前から、毎週お金を取られてて」
「ん? ドミトリーでもらえるお金をカツアゲされてるってこと?」
 カツアゲ。残念な日本語だ。
 悲しそうにうなずくコノエ君を見て、意外に思った。
 背も高いし、俺なんかよりよほど強そうに見えるのに。

「それで、なんでエドとかじゃなくて俺なの? 他にもいい先輩いるんじゃないの?」

「いやエザキさんも凄いじゃないですか。今年の中3は、当たり年ってみんな言ってますよ」
「当たり年?」
「オウガさん、リンジさん、エザキさん――」
「俺!?」
 そんなおかしなことがあるのかと思った。よけるのが得意なだけで、攻撃はほぼしてない。

「まあいいや、それで誰にカツアゲされてんの?」
 コノエ君はうなだれ、視線だけあげて答えた。
「オウガさんと、カゲスゲ君です」
「やっぱり……。でもなんで、俺に?」
 コノエ君は身を乗り出して、話し始めた。

「リンジさん、学校で一番強いって言われてるけど、怒らせると殺されるって言うし。でも、他に頼れる人がいないから、エザキさんを通して話してもらえないかなって。エザキさんはホベタンと仲いいから、きっと優しい人なんじゃないかって」

 急に勢いよく言われて、少し整理しないといけなかった。
 とりあえず、エドと相談すればいいかな。

「コノエ君、ホベタンと仲いいの?」
「児童施設の頃からの親友です。そのあだ名も僕が付けたんです。すみません。なんとか、リンジさんに助けてもらえないですか……お礼はしますから」

 コノエ君がどんな気持ちか、俺にはわからない。
 でも、大変そうだなと思ったので、引き受けることにした。

「カツアゲは配給の月曜日に来るの?」
「そうです」
「じゃあ明日、土曜の朝に相談してみるよ。明日の昼、ここに来られる?」
「いいんですか?」

 可能性があると感じただけで、感激したような顔をする。本当に弱い人間の顔。
 シミだらけのランニングシャツを見ても薄々感じる。
 きっと他の奴にもカツアゲされて、お金がないんだろう。小学校の頃のホベタンもそうだった。
 一回でも、抵抗しておけばいいのに、なんで言いなりになった挙句、他人を頼るんだろう?

 でも教科書や漫画の世界では、こういう人を助けることが良いこととされているし、とりあえず頼みは聞いておこうと思った。

 ただ、聞いておきたいことがある。

「コノエ君はなんでケンカしないの? 勝てなくても、抵抗するめんどくさい奴って思わせれば、そんなに狙われないじゃん?」

 下を向いて黙った彼が答えるまで、少し待ってみようと思った。