リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

「だから、俺はこの街が好きなんだ」

 話し終えてヤマナシ君を見ると、すごい顔をしていて、思わず笑いそうになった。

 こういう顔はなんと言えばいいんだろう。
 初めて出会った宇宙人から、自分が実は宇宙人だったと聞かされたら、俺も同じ顔になるかもしれない。

「だからか……」
 ヤマナシ君は呆然とした感じで、海を見ながら呟いた。

「なにが?」
「その落ち着きぶりですよ。それだけの経験してたら、ここで起きてることなんて、どうでもよくなっちゃいますよね」

 静かな海の上を頭だけ黒い白い鳥がこっちに向かって飛んできたかと思うと、俺達や倉庫の上を通り過ぎていった。

「落ち着いてるんじゃなくて、あきらめてるんだよ」
「え?」

 小型船の音が微かに聞こえる。
 俺は岸壁から投げ出していた足のうち、右足を上げて、そこに肘をついた。

「痛さより、悔しさのほうがずっと嫌だね。だから仲間外れにされるぐらいなら、最初から仲間にならない方がいいと思ってた」

 そういって、アップルタイザーを飲む俺に、ヤマナシ君がもっともなことを言った。

「そうは言っても、エザキさんてエドさんと大親友じゃないですか?」

 たしかにいつも一緒に行動してる。
 そしてたしかに、親友かもしれない。

 お互いによく知っているから。

「俺もエドも、集団に入るのが苦手だから、気が合うんだ。エドはちょっとでも許せないことがあると、懲らしめずにいられないから」

 ヤマナシ君がロン毛を揺らして、ぱっとこっちを見た。
「あ、そう言えば! 小学校の頃にドミトリー職員の目を刺したらしいですね……」
「職員さんが気持ち悪いイタズラをしようとしてきたから、迷わず刺したって言ってた」
「え!?」

 チャプン。
 驚いたヤマナシ君が缶を落としそうになった。

「ヘンタイ職員だったから、エドには何もお咎めなしだったって」

 俺が空を見上げると、ヤマナシ君は仰向けに寝そべった。

「あの人、あれがきっかけで『危険人物』って言われるようになったけど……みんな、いろいろあったんですね」
「もしエドが俺の代わりにシリウス区で生まれ育ってたら、頭の良さを生かして、いい中学校に入ってたと思う」
「エザキさんは?」
「俺はここがいいな。オウガ君とかヤンキーの人達も、みんな考えてることが分かりやすいから」

 しばらく静かになった。
 視線を感じて、ヤマナシ君を見ると俺をじっと見ていた。
「どうしたの?」
「エザキさん、いつかこの騎炉区を仕切ってください。俺はタガさんより、エドさんより、エザキさんについていきますから」

 意味がわからなかった。
「俺についてきてどうするの?」
「エザキさんみたいになりたいです」

 バカがここにいる。

「俺なんかについてきたら、損ばっかりだと思うよ」

 起き上がった、ヤマナシ君の笑顔が日陰の中で、なぜか少し明るく見えた。

「エザキさんみたいに、誰のことも恨まない人間になりたいんです」

「恨む? 恨む……」

 腕を組んでよく思い返してみたけど、やっぱりこの騎炉区に来てからはない。

「言われてみると、この街に来てからは、気にしたことないかも……」

 言われるまで気付かなかった。

「オウガさんは見栄。ナカムラさんは支配。エドさんは懲らしめ。そういう暴力が、エザキさんにはないじゃないですか」

 風に揺れるヤマナシ君のロン毛に目がいった俺に、大切な言葉が届いた。

「殴った方がジャストのつもりでも、やられた方は言うんです。『お釣りがあるぞ』って」
「なるほど……本当だね」

 ヤマナシ君て、そんなことを考えたりするんだ。

「だからエザキさん。俺達の仲間がやり過ぎそうになったら、俺達で止めましょう。それがタガさんでも、エドさんでも」

 止めてどうなる?
 お釣りが出ないような仕返し?
 感覚的には泣き寝入りじゃないか?

 でも、やられた方に恨みが残れば、終わりがなくなる。

 今のこの街がそうだ。

 俺は残り少なくなったアップルタイザーの缶を、掲げた。

 遠くで沿岸警備隊の訓練射撃の音がした。
 機銃の音を聞きながら、ヤマナシ君は自分の缶を俺の缶に当てて言った。

「もう空なんですけどね」