リノ・イーシア ―知ってほしい でも理解できない―

 疲れ切っていた俺はユキと話した後、少し部屋で寝させてもらっていたけど、追い出されてしまった。

 6番街に看板の仕事をしに行くのに、俺がいたら鍵を掛けられない。
 そう言われたので仕方ない。

 寝不足と疲労で歩くのもしんどい。
 日差しも強いところを見ると、午前10時とか11時とかそんなもんかなと思う。
 人通りもあって、騒々しくバタバタ走る小学生集団とすれ違う。
 うるさいんだけど穏やかな、いつも通りの日曜。

 俺は7番街のマエハラ通りに向かっていた。
 ギャングばっかりの7番街、できれば行きたくはないんだけど。

 マエハラ通りに入ってから、お金を持ってくればよかったと後悔したけど、今日はコロッケの屋台は出てなかった。

 ナカサワダさんの事務所の前で、前に来た時とは違うギャングのお兄さんに止められた。
「小僧、どうした?」
「すみません。銃を渡したくて、直接会わせてもらえませんか?」
「イズミさんにか?」

 イズミさん? ナカサワダさんのことかな?

「はい。お願いします」
 適当に答えると、しばらく待たされてから、無事に前と同じ部屋に通してもらうことができた。

 部屋に入ると、事務机の前に座っていたナカサワダさんが、缶ビールを持って立ち上がった。
「あれ、今日は相棒とは一緒じゃないのか? あの、ほら。例の強い奴」
 エドのことかな?

「連れてきた方がよかったですか?」
「いや。何の用で来たんだ?」
「これ、渡しといた方がいいかと思って」

 ナカサワダさんに促されて、フカフカのソファに座ると、俺はポケットから昨日奪った拳銃を取りだした。
 ポケットに入れるなと言われてはいたけど、やっぱりポケットが一番しまいやすい。

 前と同じように両手で差し出すと、ナカサワダさんは受け取らずに聞いてきた。

「拾ったのか? それとも、誰かから買ったのか?」

 答えによっては怒り出しそうな、面倒な大人の顔だ。

「奪いました。襲われたんで」
「誰からだよ?」

 答えようか迷った。
 ナカムラさんの名前を出して、あの人が誰かに詰められたら、また恨みを買うような気がした。

「嘘ってのはバレるんだからな。奪ったんじゃないなら、本当のことを言え」
 エドがいたときとは、ちょっと印象が違う。

「内緒にしてもらえるなら言いますよ」
 怒られるかな。

「なんで内緒にしてほしい? その理由はなんだ?」
「これの持ち主だった人が、誰かに責められたりしたら、俺達がまた恨まれますから」

 ナカサワダさんは、あれっという顔になった。
「昨日の7番街で取ったんだよな?」
「いえ、TCです」
「TC? なんでそんなとこに? 誰とケンカしたんだよ?」
「ナカムラさんです」
 あっ、言っちゃった……。

 けどナカサワダさんは、ナカムラさんの名前にも無関心な様子で話し続ける。

「じゃあ、トサカ十字路の銃撃戦は見てないのか?」
「トサカ十字路で?」

 ずっと銃を差し出している俺の両手が疲れてきたのに気付いてか、ナカサワダさんはそれをサッと取り上げた。
 そしてポケットから手拭いを出すと、銃を拭きながら話してくれた。

「俺達が縄張りにしてるこの7番街で商売してる連中と、前から揉めててさ。とうとう川倉さんから『潰せ』って命令が出たんだ。昨日、若い連中が10人ぐらいで潰しに行ったんだよ」

「じゃあ昨日聞こえてた銃声は?」
 ナカサワダさんが頷いた。

「邪魔は全員殺した。だけど、こっちの若い奴も3人殺された」
「撃たれて死んだんですか?」

 手拭いが止まった。
「お前も昨日、撃ったのか?」
「撃ちましたけど」

 弾倉を開いて、俺を覗き込み、怒ったような顔で聞く。
 その顔には何か、怒りとは違うものが込められているようにも思えて来た。

「俺が怖くないのか?」
「怒らせたくはないと思ってます」

 ナカサワダさんが顔を緩めて、フッと笑った。
「案外、お前みたいなのが将来、俺達にとって代わったりするのかもな」
「代わり?」
「俺は今でこそ、川倉さんの元で幹部をやってるが、その前はずっとアオキさんて人の配下にいた。アオキさんてのは、『港湾労働者組合』ってのを立ち上げた人でな」
「コーワン……?」

 一体、何の話だろう?

「労働者組合。みんなが平等に仕事にありつけるようにって、善意で作った組合さ。ところが組合が大きくなって金が集まりだすと、アオキさんは変わった。労働者を売り物に荒稼ぎして、7番街で違法な商売をし始めた」
「コワキ通りの、大人のお店ですか? 違法風俗って」
「そうだ。コワキ通りをあんな風にしたのは、アオキさんだ。この騎炉区で銃を使う奴が増えて、住んでる奴が外に出られなくなったのも、同じ時期だ」
「そうだったんですか」
 知らなかった。

「アオキさんの後に仕切ったのが昨日潰した奴らだ。『派手に咲き誇っては散る』、みんなその繰り返しだ」

 クミアイ、昨日の奴ら、川倉さん……。
 じゃあ次は?

「お前を見てると、どっちに染まっちまうのか心配になるよ」
「どっちって?」

 ナカサワダさんはゆっくり、カチリと弾倉を戻して俺を見た。

「バカっぽいけど目は優しい。お前は多分、まともな奴だ」

 その目を見返すと、ナカサワダさんは銃をかざして言った。

「銃を向け、虚勢を張り合う。そんなバカどもに混ざるなよ」

 親切で言ってくれていると感じたけど、正直に答えた。

「そういうバカな人達のおかげで、俺はこの街が大好きなんです」
「な、なに?」

 この人まで、そんなびっくりした顔をするのか。

「バカな人って、考えも行動もすぐわかるから。俺は安心するんです」

 何秒か、ぼけっとした後、ナカサワダさんが笑い出した。

「ハハハ! なるほど! それはそうかも知れねぇな!」


 多分、この人は俺を少し知ったことで、『死んでほしくない』と思ったんじゃないだろうか。


 勝手な推測だけど。